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2016年2月29日 (月)

西日本文学展望「西日本新聞」16年02月26日朝刊長野秀樹氏

題「都会の孤独」
立科環さん「街角の異邦人」(「独り居」4号、福岡市)、水木怜さん「順平記五話『菫(すみれ)』」(「照葉樹」二期9号、福岡市)
「照葉樹」より竹井郁子さん「空の口笛」・藤代成美さん「カフェオーレをカウンター席に」・瀬比亜零さん「ちい子と閣下・中編」、「文芸福岡」4号(福岡市)より有森信二さん「セロリ」・安城行夫「草枕・考(抄)~生きて還らじ」・暮安翠さん「太宰府の蕎麦(そば)屋」・波佐間義之さん「千夏ちゃん」・福岡市民文芸賞発表
文芸同人誌案内掲示板:ひわき さんまとめ)

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2016年2月28日 (日)

創作同人誌「R&W」第19号(愛知県)

 本誌は、短編小説の読み方、書き方の創作教室の作品集だそうだが、毎号ごとの多彩さが増している。創作同人誌というのがたしかに合っている。
【「山岳へ…」渡辺勝彦】
 妻を亡くした、高齢者の「わたし」が、30年前に共に山登りをした思い出をたどるため、山行きをする。その途中で、失恋を経験した若い女性と同行することになる。その女性の身の上話と聞きながら、妻との思い出をたどっていく。なんとなく軽く読ませられながら、自然な抒情を感じさせる。手記とは異なる、創作的な自然さが、文芸味となっている。
【「愚弄は今」松蓉】
 「グローは今」というフレーズを活かし、91歳の高齢者の独白というかたちで、その情念の動きと、現代の世相への感受性を語る。長いが、ユニークな表現の仕方に工夫があり、生活日誌とは距離をもった、底に孤独な味わいをもつ文芸作品。
【「滲話窮題」早海徒雪】
日常のなかに変なことが起きる超常現象をからませたショート・ショートが3話。「昔の彼氏が訪れた時の話」「彼女の浮気を知った時の話」「親友との絆を確かめあった時の話」がある。文学フリーマーケットで若者たちが冊子にして売っているライトノベルの流れ的作風で、種に文学精神のようなものがありそうだが、どこに向かうのか。
【「素人ロケンロール」亀山誄】
 資産家で会社の社長がプレスリーに取りつかれて、社員や周囲の迷惑を顧みず自己中心主義を貫く話。ジコチュウ人間を具体的にキャラクター化したところが面白く読める。
【「九相図」盛岡篤史】
 人間が死んだあとは、どのような段階を経るか、を九段階にわけてリアルの描いた九相図という秘画があるらしい。宗教的色彩を帯びたホラーである。死を題材にしているので、書き方次第では純文学的にもなるのかも知れないが、ここでは単純エンタメ小説的な方向で、形式的完成度は高い。
 発行所=〒480-1147愛知県長久手市市が洞1丁目303、渡辺方。「R&W」編集室。
紹介者「詩人回廊」北一郎。

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2016年2月27日 (土)

再起動の自由報道協会の行方は……。

 <苫米地イズムで自由報道協会の「再起動」記念シンポ開催>という記事を書いた。自由報道協会という団体があるのを知らない人も多いと思う。上杉隆氏が創設した会で、自由な報道というのは、報道の不自由さがあることの証明であるということに意味を見出して、伊藤は現在も、会員になっています。入会当時は、自分の堀江貴文社長発案のライブドア外部ニュース記者としてPJニュースなども書いていたので、大いに役立っていた。、
もともとは、会員向けに「文芸研究月報」とういう情報紙を発行していた。新聞テレビの文芸関連情報で読者の関心に対応し、時々自分の見解を述べていた。このやり方は、大手新聞の読者の声などの当初よりも、手応えがあるし、作家や編集者にも読まれるようにしていた。そのうちに、企業の機関紙などから依頼記事があった。そしたら、肩書きを付けてくださいというので、何でもいいです、適当に付けてといったら、それが経済記事だったので経済ジャーナリストということになっていただけのこと。
自由報道協会はは、有力フリー記者の会員がどんどんやめていくが、こちらはあまり理屈ばったこだわりもないし、当時、今はなき日隅さんという人の会への対応と見解をきいて、納得されるものがあったので、その影響が多分にある。
 今回の、「再起動」シンポは、苫米地氏の会長おひろめのようなものだが、なんでも「月刊サイゾー」のオーナーをしているので、ジャーリストの新人輩出に何か企画をだすのではないかというような期待ができるかも。ただ、投資で利益を出すつもりなら、それはないと思うけど。上杉氏が苫米地氏を招へいしたらしいので、途中で話があわなくならいようにしてほしいものだ。
参考情報=上杉隆と自由報道協会の件、実は苫米地英人さんへのノーボーダー社買収打診

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2016年2月25日 (木)

TPPで自由報道協会「再起動」記念シンポジウム26日開催

  甘利元大臣の疑惑いついて、公人としてあきらかにする、と甘利氏が明言していたのにも関わらず、メディアはピタリとその取材を扱わなくなった。小沢元民主党代表の時は、連日報道していたのに。もうひとつ別の情報発信の場の必要性の感じる世相である。
  そのなかで、認知科学者の苫米地英人会長の講演を主体とした「自由報道協会「再起動」記念シンポジウム」が2月26日に開催される。すでに100人近い聴講予約が入っているそうだ。
 聴きどころは、やはり秘密化されているTPPの規約の問題点。苫米地博士には、前に会う機会があった。TPPの英文に示された、条項の意味を解説する予定だとか。新聞メディアが知っていながら、書かない情報がえられることが期待できる。

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2016年2月23日 (火)

石田衣良氏のストレス「締め切りが終わると耳が聞こえなくなる」

  36歳の時に小説家になることを決意し、97年のデビュー作「池袋ウエストゲートパーク(IWGP)」がいきなりの大ヒット。第36回オール讀物推理小説新人賞を受賞した。さらに03年には『4TEEN フォーティーン』で第129回直木賞を受賞するなど人気作家となった。
 石田氏は作家デビュー当時、豊島区から「池袋のイメージダウンになるからやめてくれ」と忠告を受けていが、IWGPが大ヒットしたら「手のひら返しですよ」と区の対応に苦言を呈した。
直木賞作家・石田衣良氏が苦労明かす

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2016年2月22日 (月)

西村賢太氏、通帳の残高は「受賞後に5500万円越えていた」

  純文学雑誌は実売5000~6000部、誰も読んでいない。ぬるま湯体質から脱却できない」と発言。
西村賢太氏、通帳の残高は「受賞後に5500万円越えていた

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2016年2月21日 (日)

ゼロ金利時代の資本主義に至る法則

  詩人回廊の外狩雅巳「工場と時計と細胞と」では、工場労働者たちが団結して組合組織をつくる話が断片的に多角的に描かれている。
 資本主義の高度化しはじめたころの話だが、共産党員の「蟹工船」の時代より団結力ついてきている。労働力としての民衆が団結する動きは、戦国時代から江戸時代を経て、現在まで続いている。
 社会発展段階では、こうした富の占有者と収奪されるものとの闘争は、現在まで変わらずに存在する。
 ヘーゲルの弁証法に、「螺旋的発展の法則」というものがある。 田坂広志教授は、それを現代的な発想で次のような解釈を説いている。
「物事の進歩や発展は、あたかも螺旋階段を登るようにして起こる。螺旋階段を登っていく人を、横から見ていると、上に登っていくが(進歩・発展)、上から見ていると、一周回って元の位置に戻ってくる(復古・復活)。ただし、それは螺旋階段。必ず、一段高い位置に登っている。
 それが螺旋的発展の法則ですが、分かりやすく言えば、「古く懐かしいものが、新たな価値を伴って復活してくる」という法則です。
 すなわち、この法則に基づけば、古く懐かしい日本型経営の思想が、新たな価値を伴って復活してくるとも言えるのです。」
 「現在の経済は、「貨幣経済」が主流になっています。「貨幣の獲得」を目的として人々が行う経済活動のことです。しかし、「貨幣経済」が生まれてくる前は、価値あるもの同士を交換する「交換経済」、さらにその前には、善意や好意で価値あるものを相手に贈る「贈与経済」が主流だったのですね。すなわち、人類最古の経済原理、「贈与経済」が新たな価値を伴って復活してきている。それが「ボランタリー経済」です。言葉を換えれば、「精神の満足」を目的として人々が行う経済活動のことです。」
 以前は企業資本が、儲けを分配することで、自力で労働の報酬で、社会共済資金にまわしていた。
 それが変わったのは「一つの理由は、インターネット革命です。この革命によって、知識や関係、信頼や評判という「目に見えない資本」が、自由に贈ったり、贈られたりできるようになったからです。ネット革命以前は、知識や智恵を伝達することも、関係を築くことも、信頼や評判が広がることも、容易ではありませんでした。しかし、この革命によって、「目に見えない資本」が、社会で容易に流通するようになったのです。そして、その結果、「ボランタリー経済」が新たな形で復活してきたのです。」
  「すなわち、一つの企業が、「社会的責任」と「社会貢献」を大切にして活動するならば、その企業の周りには、自然に「目に見えない資本」が集まってくるのです。
 そして、資本主義と経済の成熟を実現していくためには、まず何よりも、一つひとつの企業が、日本型経営の原点に還り、企業の「志」や「社会貢献の精神」を大切にすることであり、そのことによって、自社の周りに「目に見えない資本」を集めていくことなのです。」ーーというのだが。
 なんとなくわかるが、一人一人はもっと、個々に事情をかかえているので、大きな流れを意識することがない。その個人的な事情と大きな流れを結びつけることを文学的手法で、できれば実感のある物語ができるはずである。

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2016年2月20日 (土)

文芸同人誌「火の鳥」第25号(鹿児島市)

 本誌は、どれも人間の普通の生活のなかの営みを題材にして、文章表現がなされている。事件性もないし、スペクタクル性もない。ここにある杉山氏の触れた散文精神や散文芸術としての方向性を持ったものという印象がある。
【「僕の行く道」稲田節子】
 大学を出て、しばらくサラリーマンをしていた信彦が、思うところがあって、会社をやめる。実家を出て、恋人の多江の住まいに転がり込む。しばらく職探しをするが、合格しても、勤める気が起きない。それから、自分のコーヒーショップを開くことを決める。
 その過程を描く。不思議な現象だが、いかにも女性の筆による男性像でることが出て、主人公の優男ぶりが目立つ。喫茶店の居抜き物件を探すのだが、現実ばなれした環境から良い物件がみつかり、多江とコーヒーショップ経営を楽しむ。
 経営の状態はどうなるかと、興味をひくところで、ちょっとした人間模様が味付けと物語性をもって、店の経営がこれからも順調であることを暗示して終わる。心地よい散文調の作品に仕上がっている。
【「十年日記」本間弘子】
 日常生活を文学色に染めて、繁栄させる散文詩的流れをつくっている。物語性をなしにして、断片的だが、楽しく読める。ヴァージニア・ウルフに愛着を示すところがあるが、十年日誌なので、密度が薄いのは必然か。
【随筆「のどかな日々(全八編)」鷲頭智賀子】
 日々の過ごす様子を丹念にピックアップする。「朝のしあわせ」という話のなかに「この幸せがいつまでも続きますように」とある。端的に平和な日常が壊れやすいことへの不安を表している。これは巻頭作「僕の行く道」にも漂う空気である。
 人間の社会生活の構造には、変化をさせるという要素があるために、同じ状態が続くことはない。したがって、幸せが続くことはあまりないものらしい、と感慨を呼び起こす。「萬壽友屋とは」が、資金繰りのための公庫借り入れの算段工夫の話がダントツで面白い。
【評論「俊寛幸福論―菊池寛、芥川龍之介の『俊寛』像」上村小百合】
 これは日本近代文学期の菊池と芥川との作風のちがいを、テーマの取り方、設定のちがいで比較したもの。当時から、人間の倫理的な標準として「真・善・美」の哲学が問題されたらしいが、「美」に傾倒した芥川と「善」を最優先した菊池の作風がよく分析されている。
【「日本人に平和の思想は根づいたか」杉山武子】
 戦争拒否の感覚的な気持ちを持ち始めた作者の思春期の体験から、社会的な傾向としての戦争を取り込んで行こうとする気分とのずれ。そこから、作者の北村透谷や、トルストイの翻訳家であったという北御門二郎という人の紹介、さらに広津和郎の散文精神から散文芸術論まで、読書遍歴と文学論にまで評論の筆をのばす。文学的な表現による日本人の平和思想の形を、個人の読書体験と照合させている。
 現代における平和思想は国際的動向と密接にかかわり、グローバルなものなってきている。「憲法九条のノーベル平和賞を」の鷹巣直美(実行員会共同代表)さんが、この運動をひとりで立ち上げた時に、誹謗中傷を受け、挫折しそうになった時、それを支援したのは、高齢の年寄りたちだったという。世代間の感覚の違いを感じさせる。文学志向の強い平和論として個性的である。
発行所=鹿児島市新栄町19-16-702、上村方「火の鳥社」。
 紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

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2016年2月18日 (木)

著者メッセージ: 小野寺史宜さん 『近いはずの人』

 人は一人です。でもほかの人が例えば五十年ぐらいそばにいてくれることもあります。そうでないこともあります。いろいろです。不思議です。
 人は自分以外の人を知ることができるでしょうか。こちらがこう言えば、ああ言うだろう。こちらがこう動けば、ああ動くだろう。そう推測できるからといって、その人を知っていることになるでしょうか。そもそも。人は言 いたいことをすべて言うでしょうか。動きたいようにいつも動くでしょうか。
 そんなふとした疑問が、『近いはずの人』の出発点になったような気がしま す。
 書くときは一人です。書いてからも一人です。自分が書いたものをどなたかが読んでくれているとライヴ感をもって認識できる機会は、残念ながらほとんどありません。僕如きでは、電車内で僕の本を読む人を発見! というこ
とも、まあ、ないのです。
 それだけに。読者モニターを務めていただいた方々には、大いに感謝しております。小説と真摯に向き合う方々がこんなにもいらっしゃるのだと実感することができました。本当にありがとうございます。 (小野寺史宜)(講談社『BOOK倶楽部メール』 2016年2月15日号より)

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出版社別年間売上ランキング= アマゾンジャパン

アマゾンジャパンは2月1日、2015年1月1日から12月31日までの「和書および雑誌部門」出版社別年間売上ランキングを発表。1位から8位は、前年の「和書」ランキングと同順位だった。
1位=KADOKAWA
2位=講談社
3位=集英社
4位=小学館
5位=学研プラス
6位=ダイヤモンド社
7位=インプレスグループ
8位=新潮社
9位=幻冬舎(3ランクアップ)
10位=文藝春秋(4ランクアップ)
ベスト100はこちら(PDFダウンロード)(新文化より)

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2016年2月16日 (火)

「航海記」を作って個展=赤井都さん

「航海記」を作って個展をしたことで、私の中では、すっかり別のシーズンに入りました。別の季節になりました。今後、自分のことを豆本作家と言わずに、ブックアーティストと言うことにしました。豆本っていう言葉からイメージされるものと、自分が作るものとが、ずいぶん離れてきたから。(個展「航海記」のようす ブログ)
言壺サイト
自分で組版、印刷もして、絵も入って、絵はドライポイントで、絵も文章も自分の、というトータルな本づくりがようやく、製本10年目にして実現しました。特装版は、見たことのない本の形にしたいと思って、漕いで行くイメージで、ミニチュアの76mmサイズを超えました。いろんな意味で、自由さを感じて作りました。作品発表は、自宅アトリエ個展で、それも、通常ならギャラリーでという枠から離れて自由でした。
  大変だったので、もうこういうものづくりは、できないかもしれないな、と思いました。ほら知らないからできてしまう大変さってあるから。
 個展では本が好評で、来た人数に対する売れた数はとても良かったです。それも、ありがたくて、作家として自信になったことでした。30部刷ったので、販売分は、まだあります。欲しい方はこのメールにリプライでお問い合わせ下さい。ご案内します。言壺便り2月号価格になります。
特装版 長い函 18000円
通常版たとう付 ミニチュアブックサイズ 9000円
通常版たとうなし ミニチュアブックの本のみ 6000円

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2016年2月14日 (日)

三谷幸喜脚本「真田丸」の名セリフ。 まったくわからん!

 NHKの「真田丸」は、三谷脚本だというので、面白いのではないかと予測していたら、やっぱりそうでした。軽みが過ぎるという批判もありますが、事大主義から抜け出た若者たちに人気があるのもわかります。
 商社ビジネスマンならまず読んでいるコラムを書く商社マンの吉崎達彦氏は次ののような指摘をしています。
<From the Editor> まったくわからん!
  日曜夜、NHK大河テレビ『真田丸』を見ていたら、こんなシーンがありました。
  草刈正雄演じる真田昌幸は、武田氏の滅亡後に織田方につくことを決めた。贈り物をし、安土に人質も送って、これで安心と思ったその矢先に「本能寺の変」が発生。信長亡き後の天下は一気に不透明になってしまう。信州の真田氏の周辺も大荒れになります。
 そこで大泉洋が演じる長男・信幸が父に尋ねます。
「父上の本心をお聞かせください」
「わしの本心か…。ではハッキリ言おう。まったくわからん!」
  何というあけすけなおっしゃりよう。大河ドラマの主要人物が、こんな風に取り乱すことが今まであったでしょうか。乱世の中でいろんな策略を凝らしてきた草刈・昌幸ですが、息子を相手に「ぶっちゃけ」る姿はまことに新鮮でした。2月7日放送分の第5回「窮地」では、徳川家康が「伊賀越え」でヘトヘトになるシーンもあり、戦国武将たちのあられもない姿が描かれていました。さすがは三谷幸喜脚本ですな。
 それにしても今週は、「まったくわからん!」と叫びたくなるようなことがたくさんありました。世界同時株安、国債はマイナス金利、石油価格の下落はイエレン議長の議会証言でも「まったくわからん」そうです。トランプとサンダースの快進撃は止まらず、北朝鮮のミサイル発射にはどう対応すればいいのか。円高は本来、本誌が予想していたことなのですが、この時期に1ドル110円はいかにも早過ぎます。
  ここで極めつけにわけのわからない話のご紹介。2月12日終値ベースで、みずほフィナンシャルグループの株価は155.2円です。1株当たりの配当が7円50銭ですから、配当利回りはなんと4.83%。155.2万円出して1万株買うと、税引き前で7万5000円の配当がつきます。このご時世に、信じられないような高利回りではありませんか。
でも、それは銀行株が売られているから。国債の利回りはゼロになり、貸出先もそんなに伸びないでしょうから、銀行はどうやって資産を運用すればいいのでしょう。
 そうだ、いっそのこと、みずほFG株を買えばいいのではないか。と言うと極めつけのブラックジョークですが、何でこんなことになるのかは「まったくわからん!」
  時代を映し出すような言葉は、しばしばドラマの中から生まれるのですね。
《参照:溜池通信

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2016年2月12日 (金)

文芸同人誌評「週刊読書人」(16年1月29日)」白川正芳氏

武藤剛史「微小なるものの力-まど・みちおの宇宙」(「同時代」39号)
「甲蟲派」VOL5特集「未発表講演」より石上玄一郎「図書館と作家-柴の虫の繰り言」、「深海」創刊号(日本大学芸術学部文芸学科発行)より小池幸「正解」・市川紗衣「砂糖水」
中山文子「朋代、活躍中!」(「mon」7号)、「追悼 井上郁子さん」(「クレーン」37号)、「成城大学と敦煌研究院との交流」(「成城文芸」232号)、岡本駿「木皿泉の想像力」(「文芸45」大阪芸術大学文芸学科発行)、原ともこ「ジャックのいた頃」(「レトリック京都」10号)
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2016年2月11日 (木)

「はじめてのお使い」と「はじめての野良仕事」

  若者の世界でのサブカルチャー全盛時代になって、その世界と無縁の高齢者世代がいる。その世代間ギャップの原因は何かと考えて、ヒントになるのが、子ども時代での社会との接触の機会である。
 現代は、TV番組の「はじめてのお使い」の世代である。そして、高齢者の多くは農村で、お蚕さんの桑の葉摘みや、用水路の水車にのって足で踏んで回すことであったろう。その結果、子供たちは労働力として家計を助けるという存在を、親や親せきから認められ、自己存在感に強い自信を持った。しかし、お使い經驗では、どこにでもいる誰かでしかない。その存在に自信を持つ機会がない。いじめへの反抗心の喪失。やられてもやり返せない。心が傷つくとと引きこもるー、そのような傾向がでているのではないだろうか。
 その社会変化の違いを「詩人回廊」に書いている。《続「なぜ「文学」は人生に役立つのか」伊藤昭一》
 ここで触れている地球の人口増加現象と経済成長の過程は、外狩雅巳の《工場と時計と細胞と》にも関連してくる。
 社会が農業・漁業中心の第一次産業から工業社会に変わるなかで、農村から都会へ人口が大移動した。そうしてサラリーマンとなって、自由時間が増えた。このことによって、人は通勤途中で本を読み、夜はものを書くようになったのである。安い娯楽としての読書が想像力と知識をを高めた。そこから文学の隆盛が起きた。そして職業作家が増えた。

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2016年2月10日 (水)

【文芸月評】1月(読売新聞)「敗れ去る者」を慰撫・待田晋哉記者

2014年に文芸賞を受賞した李龍徳さん(39)は、2作目となる「報われない人間は永遠に報われない」(文芸春号)を発表した。大学卒業後、クレジットカード会社の深夜のコールセンターで働く若い男が、周囲から変わり者と見られていた契約社員の34歳の女とつきあい始める。
 根拠のない自尊心ばかりが強い男と、母子関係がゆがみ、自己卑下を繰り返す年上の女。人間づき合いが下手な彼らは、自分たちの世界に閉じこもり、自家中毒を起こす。この恋愛小説は、不格好な心を抱える者同士の特殊な展開をたどるようでいながら、二人だけの特別の関係をつくる恋愛そのものが根源的に抱える出口のなさをも映し出していた。
 人生とは、あらゆる「敗北」から逃れられない。多くの夢はかなわず、恋に破れ、大切な人を亡くすこともある。この2作のような敗れ去る者たちを美しく慰撫いぶする作品もまた、一つの小説の形だ。
【文芸月評】「敗れ去る者」を慰撫(1月30日)

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2016年2月 9日 (火)

著者メッセージ: 池谷裕二さん『自分では気づかない、ココロの盲点

 久々に自分でも納得のいく本に仕上がりました。本書は「認知バイアス」を知るための初心者向けドリルです。認知バイアスとは、ついうっかり陥ってしまう心理的クセのこと。誰にでも思考のクセがあります。心のクセは無意
識に作動しています。だから自分が考えているようには自分ができていません。それを証明する実例を、本書では80個挙げてみました。この中にはきっと誰にでも思い当たるふしがあるはずです。つまり、この本は心の盲点を知るための手引き、いわば「心の辞書」です。
 心のクセを知れば知るほど、自分に対しても他人に対しても優しくなります。そして人間って案外とかわいいなと思えてくるはずです。人間が好きになる 脳のトリセツ。そんなふうに本書を役立ててもらえれば著者望外の喜びです。(池谷裕二)<講談社『BOOK倶楽部メール』 2016年2月1日号より>

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2016年2月 8日 (月)

自由報道協会の再起動に苫米地英人会長が講演

しばらく活動が停滞していた(公社)自由報道協会。このほど苫米地英人氏が会長に就任。《参照:会長就任挨拶
 人事を一新して、自由報道協会「再起動」記念シンポジウム〈主催:サイゾー、 協力:自由報道協会〉参照《:自由報道協会サイト》を開催することになった。
苫米地会長と上杉隆氏の関係はネットでも情報が出ている。
 その中で山本太郎氏との対談にある「俺は過去には興味はなくて、未来しか見てない。既に会長というポジションだし、上杉君も大貫さんも、俺が自由報道協会の経営を見ていくというのは、希望していることだと今回の面談でもよく分かったから、協会の未来については、今後も色々アイデアを絞っていくつもり。山本さんも協会内部や周辺から情報を集められる立場にあるんだから、いろいろ教えてね。」(苫米地氏談)ということに尽きるのではないか。
 文芸同志会の伊藤も会員であるので、「暮らしのノートITO」に近くリンクを張る予定です。
《参照:再起動イベント情報

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2016年2月 7日 (日)

場で考える文学的社会観を外狩的イメージで展開

  「詩人回廊」で外狩雅巳「工場と時計と細胞と」(仮題)が連載されている。もし、作者が発表の場を、同人雑誌だけに限定していたら、このようなイメージ優先のスタイルを思いつくことはなかったであろう。ネットの断片的コミュニケーションの応用が通用するなかで、その場があることにより生まれたものとして、貴重性がある。今後、どのような展開があるか、作者自身予測ができていないかも知れない。そこにはまさしく、書いて考える現在の作者の感性が含まれているはずである。
現在の自分のの世界観がどこから来ているか、それをみずから探求する。作者にとって現在の本当の自己存在の位置に姿、思想・感性の表現になる可能性がある。現代日本文学の先端に竿を指すことになるのかも知れない。ちなみに、ここには、ある時期の資本と労働者の対立が、数の量的な争いとして捉えられている。
  もともと、プロレタリア文学というジャンル名称はすでにないが労働者文学は存在している。科学的内容的には、社会主義とも言われるマルクス主義の思想において共通している。マルクス主義は、資本を社会の共有財産に変えることによって、労働者が資本を増殖するためだけに生きるという賃労働の悲惨な性質を廃止し、階級のない協同社会をめざすとしている。 いわゆる社会科学としての階級闘争の図式と論理が思想的な力をもっていた時代のモデルである。
 それらはあくまで社会学であり経済学のジャンルであるが、そこに文学がどようにして入り込む余地があるのか、評論を予定している北一郎は、そのことを考えることになるであろう。
 もし、同人雑誌という発表の制約に気付いていれば、本当の自分をどこまで表現しているかを再考するヒントになれば、「詩人回廊」サイトの存在意義もあることになる。

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2016年2月 6日 (土)

西日本文学展望「西日本新聞」16年1月30日朝刊・長野秀樹氏

題「闘病記」
赤木健介さん「ある患者の手記 第二回」(「海」第二期15号、福岡市・花書院)、青江由紀夫さん「銀次郎の日記(ガン闘病記)」(「海峡派」135号、北九州市)
「詩と眞實」(熊本市)800号記念特集号より高木護さん「同人修行」、「海」より井本元義さん「偽手紙」・有森信二さん「落下」、古岡孝信さん「虐待された田の神様」(「季刊文科」67号、鳥影社)
「海峡派」柿田半周さんの追悼特集
文芸同人誌案内掲示板:ひわき さんまとめ)

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2016年2月 5日 (金)

同人誌評「図書新聞」( 16年1月16日)=志村有弘(相模女子大学名誉教授)

  書きたいことを書く、そこに同人雑誌の存在意義がある――車谷長吉の追悼特集を組む「脈」。悲惨な戦争体験を綴る詩歌群。
《対象作品》「残党」第41号の編集後記/小河原範夫「蟄虫」(ガランス第23号)/谷口あさこ「螺旋の底」(せる第100号)/小島恒夫「えんか」(土曜文学第10号)/本興寺更「寒椿」(文芸中部第100号)/安見二郎「左之介逃亡記」(樹林第610号)/西澤建義「説経節―かるかや道心への旅」(文芸復興第31号)/「脈」第86号「車谷長吉の追悼特集」/武田房子「水野仙子書簡」(駱駝の瘤第10号)/八〇〇号を重ねた「詩と眞實」誌で、井上智重が「長田弘さんのことと、このごろ思うこと」と題して、長田のこと、九州ゆかりの文人、「詩と眞實」への思いを綴り、銘記すべき文学論を展開。
 渡辺えみこの「母の空・深川の空」(いのちの籠第31号)他。
 《参照:図書新聞2016・1・16

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2016年2月 4日 (木)

著者メッセージ: 彩瀬まるさん 『やがて海へと届く』

  このたび、私の二つ目の長編小説が完成いたしました。震災発生日の深夜、吸い込まれそうなくらいに黒く、深い、明かりが一つもなくなった町を高台から見下ろして以来、私の中にはいつも、冷たい石のような不信が残っていました。
  家族になにかを聞かれるたびに「真っ暗だった」と言いました。目に映った景色も、積み上げてきた人生も、それまで漠然と抱いていた、自分がこの世から歓迎されているという期待も、すべてが「真っ暗でなにもない」と感
 じました。
  真っ暗のままもとの暮らしに戻り、一人の大人として生きていくのは辛かった。なので、私には私を回復するための物語が必要でした。
  この物語には死者が出てきますが、あの震災で亡くなった方々を悼んだりその思いを空想したりと、そういう意図で書いたものではありません。
  私が「真っ暗」に人生を乗っ取られず、回復していくために必要なものはなんだろうと、それだけを考えて書いたお話です。
  この物語が、ある一つの回復の過程として、同じような暗闇に悩む方々をほんの少しでもお手伝いできたなら、とても嬉しいです。
  生きて帰って以来、これだけはどうしても伝えなければいけない、とずっと思っていたことを一生懸命書きました。どうか受け取って頂けますよう、お願い申し上げます。 (彩瀬まる)<講談社『BOOK倶楽部メール』 2016年2月1日号より>

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2016年2月 3日 (水)

文芸同人誌「海」第二期・第15号(福岡県大宰府市)

 本誌での赤木健介「ある患者の手記(第二回)―癌の一症例」については、ジャーナリズムの観点から《暮らしのノートITO「赤木健介氏の癌治療体験記録」》で評した。 
【「偽手紙」井本元義】
 中学教師だった「私」が昭和天皇の崩御の年に、バーで男と知り合う。その男が、思想家で作家、ジャーナリストで社会運動家でもあった大杉 栄(1885年―(明治18年)~ 1923年―(大正12年)の孫だという。
 そのことから、「私」はかつて、ある文壇バーで大杉栄の弟の孫との出会いがあったことを思い出す。そうしたなかで、大杉栄関連人脈からえた大杉栄の活動ぶりの知るところを記す。そのうちに大杉栄の手紙とされるものを入手する。それは偽物かも知れなかった。
 そして、その手紙の内容を記す。
 いろいろな要素を含んだ小説である。ただ、全体にパリにおける文学や絵画のアーチスト的な雰囲気を感じさせるロマンティックな小説となっている。
 同じ作者の「あちらこちら文学散歩」も同時掲載されている。これは、ランボーの詩人時代と世俗的商人生活のなかの人間の魂に関するものである。いずれも人間精神の芸術的宇宙空間の領域で、作者の精神的青春性に満ちたものある。日常の雑事を忘れさせる味わいがある。
【「落下」有森信二】
 「落下」というテーマで、文芸部仲間が作品を書こうということになる。出だしは読物風で、興味をもたす巧い展開である。それは同時に娯楽小説的に読ませられるということでもある。ところが、話は投身自殺などのイメージを展開させる純文学的な方向に向かう。
 自己存在の不調和感の表現がテーマだと読むと、これまでの作者の作品とつながるものを感じさせる。なかなか難しいところを表現しようとするため、書き方も難しくなっているようだ。
【「罰法転勤」中野薫】
 組織人事の側面から、警察官という職業の特性を描いたもので、大変興味深く面白く読めた。
発行所=福岡県太宰府市観世音寺1-5-33(松本方)
紹介者・「詩人回廊」北一郎

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2016年2月 2日 (火)

文芸同人誌「相模文芸」31号(相模原市)=外狩雅巳

【「大泉黒石著『おらんださん』の中の『ジャン・セニウス派の僧をめぐって』」中村浩巳】
 原稿用紙440枚を六回に渡って連載した最終回です。彼の渾身の力作が終了しました。
 太平洋戦争直前に出版された大泉作品は反戦小説かと問いながら進める中村史観論でしょう。
 初回冒頭に、聖書のイザヤ書引用を置きその設問を最後で解き明かす周到な構成です。
 大泉の小説作品中の18世紀日本の海防論を軸に、オランダ近代史に入り込み縦横に論を展開します。
 感化された石原莞爾の満州論や、儒教の人間観を駆使し、禅問答的な持論開陳が面白く読めました。
 中村氏は法政大学出版局より「ファランの痙攣派」という18世紀フランス宗教紹介書を出しています。
 大学での教鞭と研究の成果を存分に書ききった会心の作品だと思います。
 大泉の小説「おらんださん」を非戦作品と読み込んで、結論に持ち込む論法は寄り道が多く、彼の講義態度を想像しました。
【「日本海海戦観戦記」木内是壽】
 木内氏は数年間に渡り「文豪の遺言」や「梅谷庄吉の辛亥革命」などの長編連載を行って来ました。
 今回は短い作品ですがアルゼンチンとの関係を持ち出した着眼が良いと思いました。
 親日国としての歴史を紹介しています。軍艦を譲渡する仲です。その軍艦が日本海海戦を戦います。
 海戦の記述は多くの歴史書等と同じで無難に筆を進めています。前後にアルゼンチンの事を書いて締めています。
 「日進」「春日」と名付けられた譲渡軍艦は装甲巡洋艦という種類です。その活躍は書かれてはいません。
 簡単な戦闘推移と戦後処理等が短く紹介されています。明治大日本帝国が世界列強になる契機の戦いです。
 歴史や戦史よりも二つの国の友好関係を主題にしています。これがこの作品の特徴でしょう。
 両軍の主力である多数の戦艦に比して、装甲巡洋艦の特性を少し紹介して欲しかったとおもいます。
 そのことで二隻の軍艦の重要性とアルゼンチンの好意が見えてくる書き方もあると思います。
  「相模文芸」は、 30号の節目を超え40号二十周年へ向けて順調に進行しています。近年は連続して大作を掲載する事で会を支える中興の中心者の二人がいます。
 中村浩巳氏と木内是壽氏です。今回も健筆を振るって存在感を示しています。
紹介者・町田文芸交流会事務局長《外狩雅巳のひろば


 

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2016年2月 1日 (月)

文芸時評2月号 小説は時代を映すか 早稲田大学教授・石原千秋

李龍徳「報われない人間は永遠に報われない」(文芸)は、派遣社員の「僕」(近藤)が、派遣社員仲間と、お高くとまっている諸見映子を「一週間以内に落とせたら皆から三千円ずつ貰える」という賭けをしたことがきっかけとなって付き合うようになる。映子はこう言う。「具体的な木部さん個人、具体的な吉岡さん個人、ではなく、ああいう子たち、壮絶な過去を背負って複雑で濃縮された人生の一時期を噛みしめてきた人たち」を見よと。最近の小説にしては珍しく映子が「処女」に設定されていることからも、この映子の言葉が「ほかならぬこの私を見て」というメッセージであることはすぐにわかる。2人が別れた「後日談」は、こう結ばれている。「そしてそっと言葉でなく伝えるのだ。--今の僕は必ずあなたより孤独で惨めで不幸です。安心してください。あなたより下位に、必ず僕はいます」と。この一節を読んだ多くの読者は、この小説は柴田翔『されどわれらが日々--』をひっくり返したのだと思うだろう。現代をみごとに映した秀作だ。
.産経新聞・文芸時評2月号「小説は時代を映すか 早稲田大学教授・石原千秋」より

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