文芸時評2月号 小説は時代を映すか 早稲田大学教授・石原千秋
李龍徳「報われない人間は永遠に報われない」(文芸)は、派遣社員の「僕」(近藤)が、派遣社員仲間と、お高くとまっている諸見映子を「一週間以内に落とせたら皆から三千円ずつ貰える」という賭けをしたことがきっかけとなって付き合うようになる。映子はこう言う。「具体的な木部さん個人、具体的な吉岡さん個人、ではなく、ああいう子たち、壮絶な過去を背負って複雑で濃縮された人生の一時期を噛みしめてきた人たち」を見よと。最近の小説にしては珍しく映子が「処女」に設定されていることからも、この映子の言葉が「ほかならぬこの私を見て」というメッセージであることはすぐにわかる。2人が別れた「後日談」は、こう結ばれている。「そしてそっと言葉でなく伝えるのだ。--今の僕は必ずあなたより孤独で惨めで不幸です。安心してください。あなたより下位に、必ず僕はいます」と。この一節を読んだ多くの読者は、この小説は柴田翔『されどわれらが日々--』をひっくり返したのだと思うだろう。現代をみごとに映した秀作だ。
.産経新聞・文芸時評2月号「小説は時代を映すか 早稲田大学教授・石原千秋」より
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