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2016年1月 8日 (金)

典型的な人間像の内面と社会という外部

 外狩雅巳氏の「詩人回廊」「工場と時計と細胞と」第2部が連載されている。かつては、文学では外部社会の出来事と人物の内面が一対一で対比したスタイルの小説が可能であった。というより、読者が大いに興味をもって読んだ。しかし、現代では、普通のサラリーマンの典型を描くことに、読者は納得させられない。技術的な進歩、専門性がそれぞれ多彩であるためだ。外食チェーンの店員と、自動化された工場マシンのオペレターのどちらを描いても、それがサラリーマンの典型とは言えないからだ。しかし、それを非文学的な切り口で、どちらも自分の労働を時間単位で商品として売って生活している人という視点でとらえると、共通性がある。
 しかも作られた商品の需要と供給の関係が、労働力商品だけが、人間が生きるための手段であるため、商品が売れないと、生きていけない。物のように廃棄して受給調整ができない。そこまでは、前回も書いた。
 資本主義社会のなかで、マルクスはこれを矛盾ととらえ、とりあえず、いつでも働けて失業のない社会の必要性を考えた。それが労働組合の根拠である。その外部事情と、個人の内面をどうとらえているかが、この外刈作品を読む前提になりそうだ。

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