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2016年1月16日 (土)

「あるかいど」第57号(大阪市)

 今号もそれぞれ、面白い試みをしたものや、手堅い手法の作品など、充実していて、読むのに時間がかかる。同人誌ばかり読んでいるわけにいかないので、よみ逸らすものが多い。今号は全体に、同人雑誌に書く作家的な立場を活かした作品が、いくつかあって、同人誌作家文化という空気を強く漂わせいるという印象が強い。
【「風にすべてを委ねたら」赤井晋一】
 語り手の「僕」は、通勤の途中で、高いビルから人が落ちるのを目撃する。しかし、その現場にかけつけると、そのようなことがあった気配はなく、通行人も何事もなく、行き来している。そういうおかしなことを経験するのが、たびたびである。アンチリアリズムのものにしては、いかにもありそうな妄想として、面白く読める。その原因が、自分が両親に望まれて生まれたわけでない、という幼児期の記憶にあり、自己存在の根拠をもてないでいるというところにあると受け取れる。「僕」は「彼」となって自分を第三者的に眺めるようになる。人称が入れ替わっても、同じような自己存在の浮遊性を描いたように読めた。
【「蝉の声」南遥】
 素子は、小学一年生の塁が、水遊びの最中に水死してしまう。その喪失感が、ちょうどその時、素子が夫や周囲に内緒である若者とデートをするために待ち合わせをしていたことに罪悪感を持っている。順次に段取りをもって丁寧に書いているため、かなりの長さになっている。テーマの割には長くなってしまったのは、本来の表現したいところになかなか到達できなかった、というのがひとつ要因かも知れない。作者自身の認識が固まっていないのかも知れない。長所と短所が同居した作品。
【「渓流」高畠寛】
 定年退職後の男の生活の課題である、仕事で結びついていた社会との関わりをどうするか。健康であれば、まだ20年もある人生をどう生きるか。こうした問題意識に触れながら楽しき読ませられた。かなり長いが、説得力をもった話運びで、深刻ぶらずに面白く読ませる。妻とは疎遠になるが、若い女性との接触もある、男のロマンを満たす羨ましいような、心楽しませるところのある作品。主人公は同人誌作家であることが、洒落者のように描かれているのが、本誌の雰囲気をよく表している。安定した創作力に、一歩抜きんでたものを感じさせる。
【音楽紀行「ライプツィヒの背骨」木村誠子】
 散文精神に満ちた表現力で、さりげないなかに味わい深いものがある。一つの文学な形式として、楽しく読める。エッセイはこうありたいと、思わせる。
【「同人誌評(文校関係誌)」善積健司】
 関係する同人誌の作品を批評的、感想的な読後観察記にしている。同人誌には同人誌世界でのジャーナリズムがあって良いと思う。それを確立させるためには、質量における個性的なジャンルにしてゆく必要があるのではないか。
 発行所=〒536-0016大阪市城東区丸山通2-4-10-203、高畠方。
紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

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