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2016年1月22日 (金)

「淡路島文学」第11号(兵庫県)

去年の夏の発行なのに、だいぶ日が経ってしまった。紹介したと思い込んでいたらしい。
【「米と懐中時計」藤井美由紀】
 小説はどう書いても良い、とはいうものの、できるならすんなりと物語のなかに引き込まれたいものだ。内容は戦時中に朝鮮人の李が、のどかな島にたどり着き、島の人情に触れる話。読みだしから安心して話に入っていける巧い小説である。
【「ぼくの帽子」宇津木洋】
 何かを書かなければ、と思うものの、さて何を書こうか、と思案した作者は、かつても試したように、インターネットを開いて、その情報の宇宙から、素材を見つける。情報がありすぎる中で、ここではたまたま手元にあった西条八十の「僕の帽子」を素材にする。「母さん、ぼくのあの帽子 どうしたでせうね」のあの詩である。
 こういう試みは、読者を感性でどこまで楽しませるか、表現力で勝負をするようなところがあるので、大変有意義に思うものである。今回は、森村誠一の「野生の証明」を書いたいきさつを語った談話の方が力強さあった。言葉の強さに性質の違いがあるが、力を抜いた文章でも、完成度を上げることはできると思う。
【「梅雨の晴れ間」北原文雄】
 これも方の力を抜いた文体で、隠居的の農作業の細かい体験と文学の文化的精神にあふれた話を淡々と描く。枯れたといえば枯れた作風ではある。
【「白球は死なず」大鐘稔彦】
 野球のスカウトマンの主人公が、東大の剛腕投手の活躍ぶりを描く。六大学野球の中でも、現在は負けがほとんどの東大が現実だが、ここでは優秀なピッチャーが、その進路を巡って迷う姿を追う。昔、そのようなモデルになる選手が実在したと、後書きにある。長く真面目に丁寧に書いてあるが、読み終わるとなぜか疲れた。
【「インターン制度廃止闘争始末記」三根一乗】
 当時の経緯がよくわかる話で、善かれと思ってしたことで、不遇になる人もいる。社会性をもっているので、報告書的になり、読んでいて長い感じがしたが小説でないと思えば仕方がないのかも。
【「受験奮闘記」鈴木航】
 あまり成績優秀ではない高校生の大学受験の記録で、これは身にしみて興味深かった。とくに夢にまで見るところにその気分がよく表現されている。
【「父の詫び状」樫本義照】
 父というのは主人公のことで、自分は障害者施設で働き、結婚し子どもができるが、夫婦の間に溝ができ、妻は実家の料理屋の女将の役を継ぐため、別れてしまう。夫婦喧嘩をすると子供が心を痛める様子など、しみじみとするものがある。こうした結果になった要因に、世間の目という日本社会特有の目に見えぬ圧力があったのではないか、という視点を入れるなど、味わい深いものがある。
発行所=〒656-0016兵庫県洲本市下内膳272-2、北原方。淡路島文学同人会。
紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

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