文芸同人誌「文芸中部」100号記念号(東海市)
ついに100号に到達した本誌は、いつにもまして重厚な存在感がある。ここでは同人誌の社会的な地位の変化にかかわる事柄が多く記されている。
【ずいひつ「『文芸中部』前史」三田村博史】
今年6月に亡くなった作家・安達征一郎氏が88歳で亡くなったそうである。安達さんは、直木賞候補作家で「怨みの儀式」で70回、「日出づる海日沈む海」で80回の候補になった。晩年は「少年探偵ハヤトとケン」シリーズなど児童文学も手掛けた。かれは「文芸中部」の発祥もとの同人誌「東海文学」に書いていたという。そこから井上武彦氏などの本同人誌と直木賞候補の関係が記されている。
そして安達氏の「憎しみの海が」映画監督・今村昌平の映画「にっぽん昆虫記」のあとの「神々の深き欲望」の原案になったことがエピソードとして述べられている。ここで自分が興味を持ったのが、同人誌と職業作家とのつながりである。
自分が安達征一郎を読んだのは2009年に川村湊(編・解説)の「安達征一郎 南島小説集「憎しみの海・怨の儀式」(インパクト出版)であった。
ここに安達征一郎年譜があって、彼が職業作家でありながら多くの同人誌にも作品を発表しているのである。それによると、
1948年には、高部鉄雄の筆名で書くかたわら、同人誌「竜舌蘭」再刊に力を尽くす。1952年に「憎しみの海」を同誌に発表。
1954年に「群像」10月号に「太陽狂想」を発表。評判が悪かったとあるが、作風からして「群像」と相性が良いわけがなく、不思議ではない。
その後「近代文学」の「灯台の情熱」、同人誌「裂果」に「島を愛した男」などのほか、「東海文学」、「文学者」などに作品を発表している。
これは同人誌の作家が商業雑誌を補完し、隙間を埋めていた時代があったということで、そこに文芸同人誌が文壇への登竜門とみなされる近代的な歴史的時代があったのだ。
よく、雑誌「文学界」の同人誌評がなくなったことと、同人誌の社会的な存在感の低下を結び付ける論があるとすれば、それは誤解であろう。それ以前から、その歴史は終わっていたのではないか。
【「五十号から百号までのあゆみなにかが書ききれていない」堀井清】
百号までの目次の一覧表である。ここには顕在しないなにかが、たしかにある。書くことには、世間に問う意味合いと、自分自身の内面を言葉にして自己確認をするという、高橋源一郎氏曰く「自己表現をしたことのご褒美」というデザートがあるからではないか。デザートは、作るも食べるも消耗的な時間として消えるものであるからではないか。
本誌は、いろいろほかに読みどころがあるが、この辺で。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。
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