冲方丁氏の留置場生活体験
各マスコミが報じたとおり、妻へのDV容疑で逮捕された後、8月31日には釈放され、去る10月15日には不起訴処分が決まりました。その間、冲方逮捕のニュースは思いのほか大きく報じられたようですが、もちろんなんの罪も確定していません。そして不起訴をもって、奪われた自由を取り戻しました。私はこれを身の潔白が証明されたからだと理解しています。
一貫して私が主張し続けてきたとおりの結果であり、本来、この不起訴をもって「終わった」と満足すべきなのでしょう。しかし、勾留中に留置場内で体験した出来事は、私にとってあまりにもセンセーショナルであったばかりか、これが「誰の身にも起こり得るトラブル」であることを痛感しました。
なぜ、私は逮捕されたのか? 弁護士と警察と検事の間で繰り広げられた法律ゲームも含め、この不可解な現実を世に明かし、あらためて疑義を呈したい――。これが、こうして私が筆を執るに至った一番の理由です。
逮捕後に不起訴処分が下されるケースは、決して珍しいものではありません。どのような事情で不起訴に至るのかといえば、それもさまざまなケースがあります。例えば、逮捕はしてみたものの、罪を証明するだけの証拠が見つからなかった場合、あるいは訴えた人間が、なんらかの理由でそれを取り下げた場合などです。
いずれも検事が判断することであり、私の場合、どのケースに該当するのか、はっきりしません。告知書には、「公訴を提起しない処分をしました」としか書かれていないのです。
ただ、あえてつけ加えるなら、功を焦った警察の「勇み足」は否めず、結果として大きなニュースとして世を騒がせることにもなりました。
冲方丁というひとりの小説家を逮捕するや、その事実を喜々としてマスコミにリークした警察側の行動には、今も大いに疑問を感じています。本来ならば、不当な逮捕に対して警察を名誉棄損で訴えたいですし、実際に、法にのっとった刑事補償手続を行なうことも考えました。私には警察を訴える権利がありますし、国家賠償請求を行なうことだって現実的に可能でしょう。
しかし、この手の賠償額は、勾留一日当たり最高額が1万2500円と決まっており、私がどれほど頑張っても、得られるのは最大で計11万2500円なのです。これをはした金と呼ぶつもりはありませんが、今回の一連の出来事を水に流すのにふさわしい金額とはとても思えません。
勾留中の9日間、警察は被疑者の心を全力で折りにかかります。そのための手口や留置場内の様相は、時に筆舌(ひつぜつ)に尽くしがたく、歪(いびつ)で滑稽(こっけい)なものでした。
「これでは多くの人間が、楽になりたいがために、嘘の自白を選択しかねない」と、驚愕(きょうがく)しながら思ったものです。
こうした、留置場の中だからこそ体験できたこと、知ったことは、あまりにも興味深い事象ばかりでした。私がこの理不尽な9日間を耐えしのぐことができたのも、ひとえに物書きとしての興味と関心、そして警察と検察への大きな怒りが原動力となったからです。
《参照:妻へのDV容疑で逮捕された作家・冲方丁が独占手記を発表》
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