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2015年11月20日 (金)

文芸雑誌「ガランス」23号(福岡市)

  【「電波塔」大原裕】
   三郎はある日、町に建てられた電波塔が、町民を洗脳し、操っていることを、何の理由もなくわかってしまう。そこで、なんとかそのことを町民に知らせようとする。電波塔の前で座り込みをするが、家族からは離婚され、町からは精神変調者として強制入院させられる。SF小説として物語性に物足りないところがあるものの、重要なメッセージ性をもつ。実際に、国連が世界各国の言論の自由度を測る調査を実施しようしている。日本政府は、その対象になることを、拒否したという。これは、政府がメディアを使って世論操作、洗脳していることを、世界に知られたくないためであろう。なんとなく変な、現在の日本を象徴したような不気味な効果をもつ。
  【「蟄虫」小笠原範夫】
   主人公「わし」は(古いけど、今回はローカル色がでている)、親から相続したおんぼろ屋敷に住んで三年。親の面倒はすべて弟の哲也がみて世間からの見送りを済ませていて、田舎の両親の家を主人公に相続させてくれた。ダメな長男を立てる、しきたりを守る律儀者の弟らしい。
   「わし」は、引きこもり系の男だが、独り身は寂しいので、見合い形式で咲子という女性と知り合いになる。若者のラブストーリーのような仲になりたいと、サキと呼んだりするようになる。やがて、気の合ったところで、サキは通いお泊りから、同居することになる。すると、浜村に横恋慕していた男がふたりの仲をさいて奪おうとする。主人公の自分(ゴシック体で書く)が、老後プランについて、「わしの仲の自分が騒ぎはじめた。――虫のように生きても、虫のように死にたくないぞ。――隠者と決めたからには虫のような孤独死がさだめだ。人知れず死んで郷里の山野に白骨をさらせば、本望じゃないか、と自分に説き聞かせた。――となるのだが、理屈はそうでも、別の自分は、そんなのはいやだと泣きつく。そうした矛盾した自己心と向き合いながら生きていく経緯が説得力をもって、語られている。人間の他者愛と自己愛の姿を、エピソードを面白く挟んでいて、小説は細部に生命が宿るということを良く示している。良くもなければ悪くもない人生。その晩年の実相を味わい深く表現している。
  【art review2015「記憶は過去形ではない」ミツコ田部】
 前号の「Garance」22号の「もう芥川賞はいらない」も読んだが、これは現在の文学のあり方一つの批判として興味深く読んだ。きちんと書かれているが、たまたまの受賞作品への傾向批判となってしまいがち。芥川賞文学が文学全体への批判になりえないところに、課題があるようだ。「記憶は過去形ではない」は、それは人の心に深く刻みこまれて、消えることのない強固なビジョンであることを語り、大いに共感した。
 発行所=〒812-0044福岡市博多区千代3-21、(株)梓書院内、ガランスの会。小笠原範夫。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

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