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2015年10月19日 (月)

文芸同人誌「星座盤」9号(岡山市)

【「ポテトサラダ」三上弥栄】
 身辺雑記とは、異なる視点での生活感のある小説。「私」のどちらというと庶民的生活環境がきちんと描かれ、家族関係、金銭上の具体的なところを明らかにしている。両親に「努力もなく降ってきたものを当たり前として受け取ることなんて、お金はある方が出せばよいなんて、絶対ダメと厳しく厳しくいわれつづけた。」その私の価値観と現状との葛藤。すべて自己責任で生活せざる得ないでいることへの、もやもやとした不満。かといって確信を持った生活信条になるほど、自己確立できていない自分に対する苛立ち。そこに周囲の空気を読みながら、自分の生活の不都合があると周囲のせいにする梢さん。そこに自信をもった生活できていない自分の影をみてしまい、身勝手な梢さんに切れてしまうのである。軽妙な筆さばきの部分では、苦笑させられてしまう。自分の決断すべきことを他人に、ゆだねる人っているよね。書き方次第では、もっとパンチがきかせられそうであるが、それなりに面白い。
【「金魚島」濱本愛美】
 婚約者の都合で、結婚式を延期させられる。準備した結婚式の予約や参席者の準備がすべて無駄になり、失意の若い女性が一時的に故郷の金魚島に帰る。祖母の住んでいた家がまだ残っている。都会生活とはまったく異なる生活環境が、懐かしいような感覚で表現されている。良質な自己表現的作品。
【「きぬぎぬの」水無月うらら】
 長い小説で、読み終わるまで時間がかかってしまった。どんな作品かといわれても、一言でいいあらわせない。真夢という女性が飼っていた「くしろ」という猫が、普通の人間に姿を変える。まだ若いらしい。それが再び猫にもどったり人間になったりする。超常現象であるが、そのことについては、当然のごとくうけ入れられて、出来事が語られる。理屈を超えた猫は、その不思議さの割には、理屈をいったりする。
 読むほどに、作者の幻想的な世界観のなかを歩かせられるのだが、万華鏡のレンズを覗いてミニチュアの舞台を眺めるように、作者の感性を観賞できる。リアルな存在感や切実間を回避して、感性を抽象化する手法かも。文章が巧いというか、読むのを続けさせる表現力が強みであるが、趣味といえば趣味の世界の文学である。読みかけの途中で、同じ作者の前号での「きみから見える世界」が「三田文学」122号の評で、雑誌「文学界」の同人雑誌推薦作になったことを知った。やはり表現技術に優れているのであろう。
発行所=701-1464岡山市北区下足守1899-6、横田代表。
紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

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