文芸月評」8月(読売新聞8月4日)文化部 待田晋哉記者)
NHK玄関ロビー。金属製の容器から男が、床にどろりとした液体を流す。次の瞬間、オレンジ色の熱風が辺りを包んだ――。村上龍さん(63)の『オールド・テロリスト』(文芸春秋)は、冒頭から衝撃的だ。東日本大震災から7年後、閉塞感が深まる社会で謎のテロリストが暗躍する。
次第に社会に必要とされないことを不満に思う老人たちの存在、日本を戦後の「焼け野原」に戻し、原色の生の充足感を再び味わいたいという彼らの欲望が浮かび上がる。
テロの取材者が、学校から脱出する中学生らを描く『希望の国のエクソダス』(2000年)に登場する男性であるのも興味深い。この間、少子高齢化と格差拡大の固定化は一層進んだようだ。その中で、何が現代人の怒りや希望を感じさせるようになったのか作家は視線を注いでいる。
島田雅彦さん(54)は、連載「虚人の星」(群像昨年7月号~)を終えた。中国が台頭する国際社会で進むべき方向に迷う日本の政治を、多重人格者に例えたような小説だ。現代日本の状況を深く踏まえて執筆された村上、島田さんらの作品には、奇くしくも心の病のモチーフが共通して出てくる。人間の能力や存在価値が貨幣に置き換えて測られ、各人の精神を蝕むしばんでゆく時代の一面を映すかのようだ。
《【文芸月評】一作ごとに深まる人生》
| 固定リンク
コメント