文芸誌「中部ペン」22号(名古屋市)
中部ペンクラブのイベントについては「暮らしのノートITO・中部ペンクラブ9月30日に公開シンポジウム」に記した。
【「断たれた物語」竹中忍】
俊一という27歳の青年が、入院中の祖父の見舞いをする。そこで、祖父から祖父の兄、国彦の日本の軍部独裁政権における基本的人権擁護派の男の孤独な戦いを語る。
国彦は、昭和12年ころから始まった軍部独裁政権に反発し左翼運動に奔る。そのために愛する恋人しずえとの関係をも犠牲にする。そして、官憲の手で拷問、虐殺され、それを隠蔽するために検察が遺体を始末し、遺骨だけを家族に渡す。
話は俊一が祖父や、国彦の恋人しずえからの聞き書きというスタイルで、大変読みやすい。作者の現代政情における危機感を、過去に重ねて伝えようとする意欲と、伝聞手法での制作の工夫がが感じられる。
【「蔵の中」本興寺更】
本作は、第28回中部ペンクラブ賞受賞作。選者評が掲載されている。貸本屋に入り浸る次男坊の主人公や、隠居した父親が、長男に不景気による財政の悪化から、趣味につぎ込む金の節約を要請される話。江戸時代の武士のサラーリーマン的側面を描き、まったく、現代人の感覚を見ごとに作品中に投入している。変わった時代小説だが、平和で安心して暮らせる現代の平和意識の浸透を示す作品として、女性だからこそ書けるもの。記録すべき価値があると思われた。
その他、公開鼎談「同人雑誌の光と影」は、伊藤氏貴、清水良典、清水信、各氏の文芸商業誌と同人雑誌の関係について、意見が交わされている。また、作家・吉村萬壱氏の講演「小説を書くという在り方」を遠藤昭巳氏が書き起こしている。どれも文芸表現の多様化した現状からの事情がわかる。
紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。
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