文芸同人誌「弦」第97号(名古屋)
【「竜の舟」小森由美】
ノゾミという少女が出てくる。河原で小さな箱庭風にミニチュアの街をつくっている。童話風の出だし。そのうち川の魚が居なくなったことから放射能汚染の話題が出てくる。
「橋向こう住宅は五年ほど前に、西日本を襲った地震と津波による原子力発電所の事故で、風下となった首都の西側の地域から放射能を避けるために、避難してきた人たちのものだ」という説明があって、近未来小説だとわかる。声高に語るのでなく、童話風にしたのが、この作品の肝か。原発の放射能汚染と被曝の問題が、福島に限らず、社会的な広がりをもってきたことがわかる。
ノゾミという名前も、人がどんな状況でも、それなりに希望をもって生きることの暗喩としてきいている。ちなみに、J・Kローリングのファンタジー小説「ハリー・ポッター」の第1巻「賢者の石」編には、「みぞの鏡」という存在があって、それは自己の望み通りの姿が自分として映る鏡。原作では、人間の自己陶酔欲を象徴したアナグラムだそうだ。評論家の浜矩子は、その希みを日本語アナグラム化して、「みぞの鏡」としたことを名訳だと称賛している。
【「建前は、どちらなのか」小森由美】
これを読むと、小森由美氏が、気まぐれで上記の作品を書いているわけでないことがわかる。イスラム過激派組織「イスラム国」(当時)が湯川榛氏、後藤健二氏殺害した。その事前の日本政府の人命第一という建前と、人質救出交渉の事情の現実のずれを指摘し、安倍内閣の米国追従「安保法制」に疑問を呈する。
これらの情報はメディアで知るのだが、ジャーナリストの林克明氏は、その交渉過程の記録文書を見せて欲しいと、公開請求したところ、「内閣府」では、そのような文書は存在しないと回答。外務省では、あったとしても見せられないという主旨の回答だった、と話していた。外務大臣や安倍首相なども、これらの交渉や、安保法制の実行事態には「特定秘密保護法」の適用があることを認めている。もともと、特定秘密法には「何が秘密かは、秘密」にするという項目あるのだが、情報漏えいの防げない時代への錯誤がある。
いずれにしても、文芸同人誌が意見表明の媒体として、作用し始めたことを指摘したい。優れた社会評論で一般人の読者を得れば、それはそこに掲載された文芸作品の読者層を広げることになるのではないか。
発行事務局=〒463-0013名古屋市守山区木幡中3丁目4-27、中村方、「弦」の会。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。
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