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2015年7月 7日 (火)

文芸同人誌「奏」30号(静岡市)2015夏

【「性素な女学芸員の後悔と友情」小坪直】
 男社会色の強い世界では、女性の存在が性的空間を作り出す。主人公の理恵という女性の音楽会での鑑賞や、日常のなかの下村という男との交流を話のタネにしている。同級の下村という男がその後、性の産業界の仕事に関係したということを素材にする。小説にしない形の小説で性的空間を浮かびあがらそうという試みか。もともと性的空間というのは具体的な性と直結しないでも存在する。それを具体的な性の世界と心的なエロスをつなげているのだが、小説とは情念と欲望の共感をもって、面白く読ませるようするものであろう。ここではその小説の素因を抜き取って、思考でのエロスを考えさせるような気配の出来上がりとなった。性を「知」でとらえたのかというと、論理的展開がみられない、かといって先にのべたような情念の欲望には、小説的な表現をしない。バタイユのエロチシズム感に迫れば、と求めるのは贅沢か。こんな書き方もできると考えさせるのが面白いと言えるかもしれない。
【「堀辰雄をめぐる本たち②―笹沢美明『リルケの愛と恐怖』戸塚学」
 まず堀辰雄の「風立ちぬ」は代表作だが、文学ファンの間では、しばらくこの作品の有名な台詞「風立ちぬ、いざ生きめやも」が、日本語の文法に合っていのか、いや詩であるから美しい言葉であるから良いとか、もともと誤訳であるという話題が続いた。このことでも、堀辰雄がフランス語やドイツ語に詳しかったということがわかる。
 これは堀辰雄がリルケにも関心があったこと、その友人で詩人・翻訳者の笹沢美明との交流が記されている。その笹沢の息子が、ミステリー人気作家であった笹沢佐保であるという。笹沢佐保といえば、「あっしには、関わりのねえことでござんす」というセリフの木枯らし紋次郎の小説の作者である。彼も「詩人の家」という私小説的作品で父のことを記していることが書かれている。笹沢佐保は、女優の富士真奈美と深い恋愛関係になったが、お役所勤めで小説を書いていた下積み時代に彼を支えた夫人と、別れることをしなかった、と下積み時代の彼を知る人から聞いたことがある。
【「堀辰雄旧蔵書洋書の調査(七)プルースト①」戸塚学】
 どういうわけか、転居のために捨て私が捨てたつもりでいた本、堀多恵子随筆集「葉鶏頭」が残っていたのである。それに関係するので、興味をそそられた。これは堀辰雄が創作にもっとも影響を受けたであろうと思われるプルーストの翻訳ノートの書き起こしらしい。プルーストの原書は、神西清の提供による。というのも両家の交流の深さを物語っている。想い出のなかの一時間はただの一時間ではないと文学表現に時間のスローモーション化を取り入れたプルーストから堀辰雄が何を吸収したのか、興味は尽きない。この草稿は、科学研究学術研究助成基金助成金による若手研究Bにおける成果の一部だという。粋な研究支援組織のあることに感心させられた。
発行所=420-0881静岡市葵区北安東1‐9‐12、勝呂奏方。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

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