著者メッセージ: 富樫倫太郎さん 『風の如く 久坂玄瑞篇』
歴史には、損な役回りをする人がいる。
名前を忘れられるだけでなく、その業績すら、誰か他の人物の手柄にされ ることがある。
久坂玄瑞が何をしたか、それを答えられる人はかなりの歴史通であろう。
では、中谷正亮と聞いてピンとくる人がどれだけいるだろう。名前も知ら ないという人がほとんどではないだろうか。
幕末の長州において、吉田松陰が煽動者として革命の種を蒔き、種から芽の出た革命を高杉晋作が成就させた……その基盤となったのが松下村塾である、というように解釈されることが多い。
現実は、それほど単純ではない。
松陰の死後、村塾は廃れ、塾生たちは四散した。 それを必死に繋ぎ止め松陰の思想を受け継いでいこうとしたのが中谷正亮と久坂玄瑞である。松陰が点火した革命の種火を中谷、久坂と大切に守り抜き、最後に高杉が花火として打ち上げたのだ。
しかし、中谷は若くして病に倒れ、久坂も維新の四年前に戦死したために、悲しいほどに二人の業績は過小評価されている。この小説では、できるだけ正確に二人の果たした役割を描いたつもりである。
悲しいと言えば、昨今、低視聴率ばかりが話題になる大河ドラマにおいては、そもそも中谷が出てこない。松陰が妹の文を久坂に娶せようとしたとき、あまりにも文が不細工だったために久坂が渋った。それを知った中谷が、「男子たる者が容色で妻を選り好みするのか」と一喝し、久坂が反省して文を妻に迎えたのは有名な話である。井上真央ちゃんは不細工ではないから、こんなエピソードは使えないだろうし、だから、中谷が登場しないのか、と勘繰りたくなる。
せめて小説の中で、中谷と久坂に光を当て、正当な評価をしてもらいたいという思いで執筆した。
ご一読願えれば幸いである。(富樫倫太郎)( 講談社『BOOK倶楽部メール』 2015年6月15日号より)
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