文芸同人誌「石榴」16号(広島市)
【「浜辺歌」木戸博子】
人生の斜陽の一光景を、若き過去の煩悩に満ちた時期の出来事と結び付けて描いたちょっと変わった趣向の作品である。主人公の私は、「生まれ故郷でひとり息子を待つ母親は惚けている。(中略)ああ、弱きもの、汝は男なり。げに恐ろしきは女なり。まったくもって六十にもなって、つれあいに去られるとは! しかも彼女の相手は私と同い年の同性ときている!」という状況にある。
母親のいるのは港町なのだろうか、新潟に向かう船のなかで、泣いている女子大生に会い、声をかけて知り合いになる。そこで、若い頃に灯篭流しを見物しにいった浜辺で泳いで溺れて意識不明になるが、住民に助けられた昔ばなしをする。動機に自死への試みに近いものを感じさせる。と筋を語ってもきりがないが、話の時代の流行歌やポップスの歌詞を挟み込んで、郷愁と滅びの情感をうまく醸し出している。凋落感を軸にし、小説を読む慰みという意味での面白いものがある。主人公は男性であるが、作者の視線には男の持つ莫迦げたロマンとは一線を画す、女性特有の現実的な視線を感じるものがある。
また、夜の港に着いて「引き潮で露出した岸壁には海草や藤壺が張りつき、あたりには女の秘部の匂いに似た悩ましい潮の香りが激しく漂っていた」という独特の感覚の比喩に驚かされた。自分は地元の銭湯に良く行くが、温泉の黒湯というのに入る。その時に何か懐かしいような、どこかで知ったような不思議な匂いを感じていた。この部分で、私は磯の香りとの関連がそこにあるのかも知れないと、腑に落ちるような気がした。
【「サブミナル湾流」Ⅱ篠田賢治】
連載でⅠがあるのだろうが、前編が短かったのか、記憶がおぼろげである。それでも、これは文章が楽しめた。謎めいたシーサイドエリアでの事件を、哲学的な用語をふんだんに使いまわした文章力に舌を巻いた。ちょっと視線設定は異なるが、ガルシア・マルケス的な味に通じる格別な面白さがある。文芸味を堪能したい文学書好きにはおすすめ。
発行所=〒739-1742広島市安佐北区亀崎2-16-7、「石榴編集室」。
紹介者=「詩人回廊」北一郎。
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