「まほろば賞」推薦候補作紹介から=外狩雅巳(投稿)
☆【三頭の悲しい虎が、小麦畑で小麦を食べる】辻村仁志作品・(空飛ぶ鯨15号)掲載=この長い題名はスペイン語で喋るボリヴィアの早口言葉の一つから取ったのだそうだ。
大豆加工食品会社の社員である私・香川のボリヴィア出張三か月中のエピソードである。知り合った現地少年チコとの友情と彼の死が会社の業務を交えながら進んでゆく構成。
少年に挑まれた早口言葉が効果的に使われている。仕事の説明の困難さも理解できた。ドライブに乗せた少年にシートベルトをさせた事が事故死の原因だとして悲しむ結末。
夢で少年の顔をしたゲバラの死体を見た事が正夢だという挿入はどうかなとも感じた。年齢や人種や国籍をこえた友情物語が気持ち良く読めたのも私好みの作品でもあろう。
個人的感傷だが半世紀前に革命の拡大を試みボリヴィアで戦死したゲバラの事が蘇った。
☆【ルーツ】三沢充男作品・(こみゅにてぃ92号)掲載。=この作品は一番判断に困った。緻密な記述とリアルな描写が無理筋の設定を超えている。
これまでの四作からは専門知識の記述や込み入った筋回しに共感が薄かったのだ。小説は人物を描写するのか事件や事実を書くのかを迷わず読み込めたがここで困った。
医学部教授で娘二人と妻の家庭も穏やかに過ごしてきた伊佐山和人に難題が降りかかる。
三十年前の精子提供が引き起こす難題が話の中心である。その子が息子だと通告してきた。研修医の砂川郁夫は娘との交際も仕組んで認知を迫る。そこを丁寧に記述しているのだ。
伊佐山の家庭生活もリアルな会話や進展で無理なく読ませる作品なのだ。しかし引っかかる。親子関係は情も絡むのに育ての歳月の無い二人の関係とは何なのか。
精子提供は善意であり絶対に分からない仕組みなのにそこを突破して作品化している。設定のアイデア勝として賞賛したいが正直言って小説とは何かで混乱してしまった。
■関連情報《外狩雅巳のひろば》
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