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2015年5月16日 (土)

文芸同人誌「季刊遠近」第56号(川崎市)

【「僕の細道」藤民央】
 75歳の「私」が自分史教室の個人授業を受けるという設定で、その自伝を書くまでの経過が語られている。出来事や経歴をそのまま書いたようになっているが、実際は、斜に構えたというか、自己を客観化する文章に才気があって巧みである。前半部で、自分史のために「人生を振り返ると、どうしても嫌な過去が浮かび、書きたい気持ちをなえさせる」というのである。そして軽妙な文章で、実際には、重く暗さをもった過去を明らかにしてゆく。
 文章を教わるどころか、教えて欲しいほどの間合いの良さがある。読みながら、風刺精神に満ちた疑似私小説ではないか、とも思った。第一文学的素養が豊かである。しかし、婚外子の設定など、具体的な自分史に近いような細かい経緯があって、かなり事実に即したところがあるのかな、と思い直したりした。
 例えば、「私」の自分史を評して講師が「あなたは自分を小さくようとする。他人からバカにされて当然です」というところがある。これは文章表現のコツで、この作品の主柱となる優れた姿勢の筆法である。読者の優越感を誘いだし、作品を面白くしている要素である。それすら読み取れない人が文章の講師になどをしていることになる。事実を書いたというより、同人誌の小説やエッセイで、作者が偉くて善人で立派な人格者であることを前提してるものが多いのを揶揄しているようで、創作的な意図が見えるようところもある。
 身辺小説では、文章にひとひねりする工夫がないと、退屈で読まれないという事実を踏まえている。視線の低さと世間を揶揄する精神が、質を高めている。いずれにしても、読者は気軽に楽しみたいのだ。
 本来は昭和15年という戦前の日本での「妾は男の甲斐性」とされ、婚外子として出生した男の、運命を述べた重い主題があるのだが、重さ苦しさからさらりと身をかわして、軽妙に語れる文章力を発揮するところに、作者の真骨頂があるようだ。
発行所=〒215-0003川崎市麻生区高石5-3-3、永井方。
紹介者=「詩人回廊」北 一郎

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