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2015年1月 7日 (水)

文芸同人誌「弦」第96号(名古屋市)

【「大学にて(5)翠雨」喜村淑彦】
 毎回、大学内の運営や教授世界の動向を連載している。自分は経済分野出の文学趣味なので、社会構造に関するものに興味をそそられる。今回は文学的に独立した短編小説になっている。実父と養父のいる複雑な家庭背景と、その時代その時代の文化的雰囲気を手順良く描き、亡き実父に愛人がいたことを後で知るまで、意識を逸らすことなく、読み進む。作者はその愛人が存命であることを妹から知らされて、面会の手引きを依頼し、実現する。血族関係者の描き方を含めて、整然としたなかに、内に込めた情念を冷静に淡々と表現する文章は、幾何的な美と表現力を発揮。原稿30枚とは思えぬ重厚さで、ひとつの文学的成果を感じさせる。
【「たそがれ団地」長沼宏之】
 かつては若い家族が多く住んだ団地も、高齢化とともに空室が増える。そこで引きこもりをしていた23歳のおれも夜は団地を歩いて見廻りのようなことを自然にはじめる。そこで出会う住民の交流や、母親の死、団地自治への参加など人間模様が描かれる。注目点は「おれ」の一人称語りのなかに、他者からの聞き取り話を、第三人称的にとりまとめる文章表現で、この手法をさらに延長すれば、密度を高く幅がでる可能性をもつように思う。全体に癒しの要素を含んで、わかりやすく、読みやすい。その分、冗長だが、面白くよめる。
【「インナーマザー」木戸順子】
 認知症の母と世話をする立場から娘の視点で描かれた介護生活が素材。いままで、同様の素材の小説を同人誌でいくつ読んできたのか、数えられない。本作は細やかで、良く書けているが、それらに作品のなかでは、普通の印象。ちょっとひねったところが、母親が死んで、異臭を放つ夢を見るエピソード。不思議なことに、親の介護の生活日誌的な作品で、認知症に悩まされながらも、その死をイメージする話はほとんどない。死なないから、終わりが見えず、現在が見えずにただひたすら介護に没頭するのがほとんどである。いずれにしても、どれも人の生きる意味を、問いかけてくる。
発行所=463-0013名古屋市守山区小幡中3-4-27。中村方「弦の会」
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

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