文芸同人誌「あるかいど」第54号(大阪市)
【「噴く」小畠千佳】
有珠山の噴火を思春期の男女が観にいくが、泊ったラブホテルには、それを見る窓がなかった、という話。しかし、それは世俗的な素材であって、描かれているのは、少年少女の親もとの家族から離れて自律的な生活に入る直前の状況である。いわゆる成長物語、世俗的には主人公が男を知って女になる話である。「ご休憩」と記されたラブホテルを、小学生時代に、大人が疲れているのだと解釈していたなどの表現法があるが、その書き手の位置をさらに延長させれば、もっとテーマそのものが活かせて筆が伸びたかも。短篇として話の運びだけで終えているものの面白く読んだ。動物は親の巣から飛び立つときは、失敗すれば命を失い、親鳥も助けてはくれない。日本人は、親離れして行く子供をそれほど突き放さないという精神構造をもっている。それでも自立するべきはする。そのことと意識的に強く向かい合わせて、構成を考えていたら、ラブホテルの壁の存在が重みを増した可能性を含む。
【書評「ポラード病/吉村萬壱・著」善積健司」】
書評というのは、たいていはその存在を強調するものなので、まともに読んでも仕方がないのであるが、本作は小説とは何ぞや、文学的表現とは何ぞや、という問題意識が強く出ているので、一種の研究論文に読める。小説「ポラード病」を題材にして、その予定調和形式をとらない発想に、「問いのない答えに向き合うようなわからなさこそ自由であり小説の本分と思われる」という、筆者の実感に現代の純文学の難しい状況を知らしめ、同時に現代文学の方向性を探っている物書きの思索がある。文学的感性がある。だが、そういう探索心から離れたところに、持続性を持つ自らの文学は存在するのではないであろうか。悩みはそれが市場性と一致しにくい。一致したら幸運である。
発行所=〒大阪市阿部区丸山通り2―4-10―203、高畠方。
紹介者=「詩人回廊」北一郎
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