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2015年1月30日 (金)

同人誌「火の鳥」第24号(鹿児島市)

 はじめてみる本誌だが、女性ばかりの雑誌のようだ。どの作品にも書く喜びが、底流に流れて居て、読んで楽しい気がする。いくつか概要をあげる。
【「桜島を眺めて」本間弘子】
 なんでも50歳を超えて結婚したという主婦が書く。夫の話も出てくるが、溌剌した明るい文体で、面白く読まされて、これはおのろけ話ではないか、と思わされた。この手法は見事。読んでいて、中年青春の黄金の季節的なお話であった。
【「あさきゆめ」「のどかな日々」鷲頭智賀子】
 豊富な人生体験を背景に、老いらくの生活視点から、人間的交流のエピソードを語る。昨日まで元気でいた人が、突然この世から去る。浅き夢のごとき人生の、生きる意味を問いかける。
「遺言」杉山武子】
 本作品は、毎日新聞の「同人誌季評」<小説>10月‐12月(古閑章・鹿児島純心女子大教授・日本近代文学)に丁寧な評があるので、そこから引用する。
――杉山武子「遺言」(「火の鳥」第24号は、遠く離れて暮らす母親の、心に秘めた思いに衝撃を受ける(佐知子)の姿を描く。後添いとして舅や姑に献身的に仕え、夫から愛されているという意識だけを頼りに生きてきた老母の繰り言は、前妻の赤子(異母兄)を姑に取られ、自分では何もできなかったかつての家族制度の理不尽さを目の当たりに照らしだす。
 佐知子と異母兄との間には何のわだかまりもないだけに、実母となさぬ仲の異母兄、今は亡い姑との入り組んだ関係が改めて読み手の心にのしかかる。佐知子の立場からすると、離れとはいえ、一緒に暮らしてくれている異母兄夫婦に負い目がある分、愛娘に甘え、泣き言を並べる老母をむげに突き放させない立場がなおさら辛い。
 作品末尾で、母娘は、老後は島原に別荘を建て、夫婦なかよく暮らそうと計画していた思い出の場所を訪ねて行く。詐欺まがいの不動産業者による別荘計画だったゆえに、土地自体は存在するものの、そこには目も当てられぬ原野に変貌していた。母親は佐知子と別れ際に「自分が死んだら有明海に散骨してくれんね」と、遺言する。夫は先妻とすでにあの世で暮らしているから、自分は死んでからも後妻ではいたくないと訴えたのだ。「ああ、なんてむごい」考えかと佐知子は愕然とする。
 少し呆け始めた老母に向き合う娘の忍耐強さに頭が下がる。短編としての構成もしっかりしており、短くとも中味が詰まった作品だ。ただひとつ、作品末尾に書きこまれた「しっかり歩け」という一文が気になった。これが、梶井基次郎の「冬の蠅」を経由して梅崎春生の「幻化」に継承される「しっかり歩け」を踏まえていることは紛れもない。作者が近代文学研究者研究者という側面を考慮すればなおさらのこと。もし杉山がそのことを意識していなかったとしても、答えはやはり同じで、二番煎じの感は否めない。――
 紹介評については、これ以上のものは望めないであろう。秀作である。ここでの「しっかり歩け」については、作者の口癖のようなもので、あろうか、事情を知らない。
 手際のよいと筋の運びと文章の巧さ。だが、設定は複雑な事実に沿ったとしても、重い雰囲気で深刻ぶらない意図が感じられ、私小説的なものには読めなかった。工夫を凝らして、意識的に軽みをつけたような気がする。
発行所=鹿児島市新栄町19-16-703、上村方。火の鳥社。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

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コメント

杉山武子様 文芸誌「火の鳥」同人様

 このたびは拙著『風格の地方都市』を南日本新聞で書評していただき、ありがとうございます。
 小さなスペースで、私の伝えたかったことを的確に論じていただき、たいへん嬉しく思っています。

 現在、前著ではまったく述べることのできなかった「風格形成の努力」についてあれこれと考えているところです。

 鹿児島市にはほんの数回お邪魔しただけで、土地勘はまったくありません。これをご縁に、杉山様たちのご活躍を垣間見る機会をいただけましたら、喜んではせ参じたいと思っております。

 取り急ぎ、お礼を申し上げます。

 真渕勝 

投稿: 真渕勝 | 2015年9月18日 (金) 20時31分

同人誌評をありがとうございました。
構成その他の不備な点、作品が甘いなど、辛口の批評も多かった今号ですが、伊藤様のような切り口で読んでいただいて嬉しく思いました。同人仲間にもこの記事やブログのことを紹介したいと思います。

投稿: 杉山武子 | 2015年1月31日 (土) 20時31分

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