文芸同人誌「海馬」第37号(芦屋市)
【「彼」山下定雄】
この作品は「ある精神病日記」として、連載六回目のようだ。前の号から贈られてきているように思う。この作品は記憶にある。前号から、自転車を修理しする彼と鉄棒の話が延々と続く。前後のいきさつをしらないまま、世間話でも聞くように読んでしまう。腰の据わった同人誌作家のように思う。
梶井基次郎は、プルーストの大長編「失われた時をもとめて」の翻訳を読んで、腰の据わった作家と称している。出版記念に向けて、次のように記している。
「親近と拒絶」より。「プルウストの文章はプルウストの話し方が少し難かしい上に、今云つたインテイメイトな話し方で、大層譯すのに困難な長いセンテンスを持つてゐるやうだ。そこへまた今云つた聖人の名だとか、お菓子の名だとか、僕達がそれに相應した心像を持つてゐない名が二つ三つ行列してはひつて來るともう駄目で、到底一度では意味の通らない文章になつてしまふ。僕はこの誌上出版記念の會へ顏出しするために是非一と通りは讀んでしまひ度かつたのだが、文章のさういふところがかたまつて出て來るとついほかのことを考へてしまつて大層進みが惡かつた。また無理にこんな本を讀んでしまひ度くもないので、回想の甘美な氣持に堪へなくなつて來ると遠慮なく頁から眼を離し、かういふ人間のものを讀んでゐるとどこまで此方の素朴な經驗の世界が侵されてしまふかわからないと思ふとまた本を閉ぢてしまふのだ。」
「彼」は、短編連作なので、そこまで負担はないが、とにかく文学活動の精神を感じるのだ。
他の作家たちの作品もあるが、みな文章に落ち着きがあって、読んで安心ができるものばかり。ただ当方で、まとめて紹介できるような筆力がない。
編集事務局=〒659-0053芦屋市松浜町5-15-712、小坂方「海馬文学会」
紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一
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