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2014年7月31日 (木)

文芸時評・東京新聞(7月29日夕)沼野充義氏

多和田葉子「献燈使」震災に始まる不条理
亀山郁夫「新カラマーゾフの兄弟」文豪に枠組み借りて
≪対象作品≫
多和田葉子「献燈使」(群像)/上田岳弘「惑星」(新潮)/リービ英雄「模範郷」(すばる)/亀山郁夫「新カラマーゾフの兄弟」(文藝)。
 亀山郁夫について「あらためて痛感させられたのは、小説というジャンルの魔力と誘惑である。これほどまでにドストエフスキーの世界を知り、そこに十分浸ってきた著者にしてもやはり、最後は自分の小説を書かずにはいられないという思いに突き動かされたのも、そのためであろう。」と記している。

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2014年7月30日 (水)

「水玉」 描くことで救われた人生=草間彌生さん

(草間氏は小説も書いている。孤独な老人の身辺を描き、自死のイメージがあふれているものだ。社会的には変調とみえる精神と芸術の極意の関係を示唆してくれる。)

産経=「草間彌生さん「水玉」 描くことで救われた人生
《突起も水玉同様に無限や反復を意味する。異国の地で評価された草間さんは、現在も絵画や彫刻で水玉模様の作品を創り続け、世界各地の著名美術館で展覧会が開かれている》
 水玉は当時だれもやっていなかった。命がけで、独創的なことをやってきました。母は画家になることに反対し、絵を破られ焼かれてしまいました。アメリカへ行ったからこそ芸術家になれたのです。おそらく日本にいたら自殺していたでしょう。自殺を忘れるために描き、描くことで救われたのです。

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2014年7月29日 (火)

同人誌の展望を「相模文芸」の姿で見る=外狩雅巳

 文芸同人誌「相模文芸」は、年二回刊行を続けて14年になる。今年は29号まで発行する。作品は九月二十日締め切りで集める。
 編集委員会の四名が点検し編集し印刷社に発注する。発行は12月初めを予定している。
 28号は250頁弱。29号も200頁を超えるだろう。会員33名に分配する。その号の執筆者は多く配分される。
 掲載負担金は頁千二百円。発行費用五十万円程度の半分は会費で負担する。月会費は千五百円。
 月二回の定例会で順次作品合評を行う。公民館での例会には二十人程度が参加する。
 会長以下10名の役員が一年任期で運営を分担する。年間運営費は百万を大きく超えている。主な支出は文芸同人誌の発行費である。会は同人誌発行と合評を主な事業としている。
 「文学街」の森主宰から届財政報告書もやはり年間二百万程度の収支が記録されている。
 「群系の会」からの財政報告も似た数値である。文学街は600人、群系の会は百人弱の会員である。
 運営をどう位置付けるかは組織の内実に係わる問題である。首脳部の文学性が問われる。
 相模文芸クラブは市民文芸愛好家のサークルとして発足し進行している。趣味の会である。
 会則で公序良俗を作品基準にしている。ジャンルや完成度や思想性などでは選別していない。
 これまで寄稿されたもののほとんどが認められている。詩歌も論文も物語作品も掲載されて来た。
 構成員の高齢化で随筆や詩歌・身辺雑記が増えている。知識人の発言や論文も寄稿されてきだした。
 最近私がこの欄等で報告しているように市民総合雑誌・詩歌雑誌等との差異も薄れている。仕事で文書能力・研究能力・意見表明力を培い余裕の年金生活者としての高齢者が増加している。この人たちの趣味の会として総合雑誌的な発展が予想される。ウエブ利用も向上している。
 若者文化からの文芸的同人誌盛況。老人文化からの総合誌盛況。これが今後の展開となろう。
 「文芸思潮」誌はマンガ等をも受け入れた編集方針である。「群系」誌は研究者の専門性が求められている。
 純粋な文学作品としての小説を中心とした同人誌が多かった過去は少しずつ変容してきている。
 そんな状況の現場からの報告として今後もこの場所で発信させてもらうつもりだ。
 「文芸同志会通信」は各種サイトを展開しカテゴリ括りも優れている。時代抱擁力があると見た。長らく中小企業経営者の意向を汲んだ方面にも「暮らしのノートITO」で、発信し信頼を勝ち得ている。財産は深く大きいと見た。グローバル化・ウエブ化・そして心の問題。多様化する今をこのサイトで同時発信してゆきます。
 ■関連情報《外狩雅巳のひろば

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2014年7月28日 (月)

文芸時評8月(産経)テクスト論者 早稲田大学教授・石原千秋 

 川端康成の投函(とうかん)されなかった書簡が「文芸春秋」に掲載された。なぜいまなのか不審に思うし、なぜこういうプライバシーを暴かなければならないのか。川端の「初恋」の女性・伊藤初代の川端宛書簡まで公開されているのだ。『伊豆の踊子』の「原点の女性」というわけだ。しかし、川端はともかく、伊藤初代は市井に生きた人である。そのプライバシーを暴かなければできない文学研究の意義を否定するつもりはないが、生理的嫌悪感を抱く。だから僕は、作者に関する情報を論に組み込まない「テクスト論者」なのである。(8月号 テクスト論者として 早稲田大学教授・石原千秋) 

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2014年7月27日 (日)

三浦しをん『仏果を得ず』を目標販売部数10万部に

 在阪の書店員や取次会社などの有志で組織するOsaka Book One Project(OBOP)第2回「大阪の本屋と問屋が選んだほんまに読んでほしい本」に三浦しをん『仏果を得ず』(双葉社)が決まった。
 7月25日から、「期間中(来年1月末まで)の目標販売部数10万部」を掲げ、大阪府下の全書店と近隣エリアの書店でOBOP特製帯付きでの拡販を開始した。来年3月には感謝の集いを開き、販売状況に応じて、今回も府下の社会福祉施設への図書寄贈を実施する予定。OBOPは、「書店・取次の垣根を越えて大阪に関する1冊の本を拡販し、その利益の一部で本の寄贈を行う」ことを目的に立ち上げられた。昨年の第1回は髙田郁『銀二貫』(幻冬舎)を選出し、今年1月末までに5万2229冊を販売。大阪府社会福祉協議会を経由して児童養護施設に148万円分の本を寄贈した。

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2014年7月26日 (土)

文芸同人誌「石榴」15号(広島市)

【「1990年代の思い出」篠田堅治】
 家庭を持つ女性と妻に去られた男の恋愛関係を描く。男の意識はベンヤミンというユダヤ人学者の研究体験を通して語られる。研究に没頭したため妻に見はなされたらしい。思い出の年代は日本経済がバブルから失われた20年に至る時代である。ベンヤミンについては、詳しくは知らない。それでも恋愛という不思議な心理を、凝った文章で表現するのには伝わってくるものがある。恋情もバブルと同じかも、と感じさせる。作者の工夫する姿勢の文章が、楽しく読ませるというか、興味を引く。描かれた女性の謎めいた魅力が優麗にして粋である。
【「訣別」木戸博子】
 病院を経営していた父親が亡くなり、長年連れ添ったという女性の要求で、6年間空き家だった病院を子供の兄妹が相談して売却することになった。取り壊される前に、かつての関係者も混じって、兄妹が見にいく。主人公の妹は乳がんの手術のあとの幻影痛に悩まされている。その伏線があるせいか、廃院での父親と対話する幻影が自然に描かれている。
 チェーホフなどの話も出る。たしかに平成26年における現代が、時代の変わり目に入り、なにかと訣別しつつある寂しげな時間の中にいることを感じさせる。品格があり隙のない構成で巧いものだ。
発行所=〒739-1742広島市安佐北区亀崎2-16-7、「石榴編集室」
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一

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2014年7月25日 (金)

同人誌「相模文芸」第28号の作品評の現状=外狩雅巳

 六月末に相模文芸28号が発行された。六月一日発行となっているが18日の会合で受領。月末に会員の木内是壽さんから外部配布用にと十部戴きました。大いに助かりました。
 文学街で同人誌評を担当する岩谷さんと吉岡さんを始め各地の同人会に送りました。
 今日までに六人の方より返事が来ました。
 【返信Ⅰ】
  エッセーを読みましたが皆さんそれぞれ旨いですね。感情がこもっています。外狩さんのはちょっとむずかしい感じがしました。
 【返信Ⅱ】
  地域の文芸愛好者達の創作活動が良く分かります。文学街同人誌評の参考にさせて貰います。
 【返信Ⅲ】 ぶ厚いページに筆者の方々の魂が息づいているようで惹かれます。エッセーが主力のようで読者は読みやすいのでは?
  「おらんださん」についての貴作品はとても読みやすかったです。ポイントを捉えて簡潔、しかも急所をしっかり押えマルクス引用についての作者への提言が冴えているなあと感じました。
  一方、中村さんの論評は長くもありより専門的でそれが故に硬く「おらんださん」を読んでいない私にはとりかかりにくい感じ。
  同人誌が評論に傾いているのなら確かに中村さんの論評作品は読応えがあります。
 【返信Ⅳ】木内さんの「梅谷庄吉」の作品はなかなか良いと思います。読みやすい文章です。
  テレビで「花子とアン」をやっていてタイミングが良く多くの読者を持つでしょう。
  登さんのガリ版に関した随筆も興味深く読みました。随筆主体になってきましたね。
  調査力や見識が高い上に文章力のある作者が多いのですね。専門性もありますね。
  外狩さんも評論ですね。ますます評論雑誌に成ってゆきそうですね。
 ■関連情報《外狩雅巳のひろば

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2014年7月24日 (木)

広島から話題沸騰の穂高健一「二十歳の炎」

 穂高健一の小説新刊「二十歳の炎」が広島県からの話題が波紋となって広がっているという。《参照:穂高健一ワールド》 私も近くの小さな書店で注文した。書店主から、本を書くのは大変ですよ。いいお友達をお持ちですね、と褒められた。いま、読んでいる。機動力のある調査取材があるので、新事実の発見や視点の現代性が活かされている。地域の歴史人に関する小説化の依頼もきているようだ。読者が読んで、ほかにもこういうことが書けそうだと思わせるようなところがあると、同じパターンで頼んでみようか?という話が持ち掛けられる。まず、生きた調査取材力である。

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2014年7月23日 (水)

文法の関節外しから「季刊文科」62号文芸季評=伊藤氏貴担当

 この欄で、伊藤氏貴氏は保坂和志「未明の闘争」を、文体実験の光る純文学作品。-とし、以下のように記している。
「『私は一週間前に死んだ篠島が歩いていた。』
 冒頭第一段からいきなりかまされるこの文法の関節外しは、もちろん周到に計算されたものであり、誤りではない。と言っても「~は」は(限定の副助詞)であり、(主語)でなく(主題・話題)を限定して示すものなのだから、日本語としてはこういう使い方でいいのだ、という開き直りでもない。一般的な語法でないことは重々承知の上だ。
 では一体なんのための関節外しか。--」
 あとは、この雑誌を読んでみればわかる。こうした文芸評論が、純文学のプロの作家の作品を対象に行われている現在である。
 7月20日に「町田・文芸交流会」が開催され、文芸同人誌作品の評論、読後感想など合評会での意見の出方の現状が話合われた。そこで、文芸同人誌において、ただ物語性だけが問われ、理解できるものがよくて、理解できないものについては、論評をしないという傾向についてこれを打破するためには、どうすべきか。そうしないとそれを書いた作者のためには不誠実ではないか。結局は、難しい専門的な評論を書く人はつまらなくなってやめる。そのことは同人数の減少になる、という意見がでた。
 それと前後して、合評会では感動したら良い作品という意見でまとまる。しかし、「一杯のかけ蕎麦」という世間話が感動話として話題になったが、これは文学作品になるのか? いや、あの話はおかしい。一杯の蕎麦を分け合うくらいなら、最初からそのお金でパンを買えば、親子がそろって空腹を満たせる。現実的ないので、これは物語化されているーーという意見もでた。
 また、立派な評論を書く教養があるのに、自分でお金を出して同人誌に書くのは、適当なことであるのか。いや、いくら高尚な理論でも、発表する場がないから、同人誌にだすのだし、そのことによって出版費用を助けあえるのだから、良いのではーーというのも。
 ここで、誰がどう言ったかを書かないのは自由に話を飛ばして話すので、だれがいったかということはわからなくなってしまうのであった。その他、雑談だけの集まりになったが、そのなかに文芸同人誌を存在させる要素が何であるかという現実が見えてきたような気がしたのであった。また、伊藤の文章はテニオワがおかしいという話もでたが、これは関節外しでなく、ただの間違い、骨折です。(伊藤昭一・記)

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2014年7月22日 (火)

交流活動に向けた地域文芸文化から=外狩雅巳

  全国から送られてくる文芸同人誌を読みながら私の居住地周辺を考えました。地域に根差した同人誌からは地域事情が伝わってきます。過疎や高齢化等です。私の住む相模原市や隣接する町田市は東京のベットタウンとして発展して来まし
た。
  都市化と高齢化が際立っています。文化人も多く知的充実が求められています。相模原市には「アゴラ」(相模原市中央区すすきの町 34-4 、山田方「アゴラさがみはら」編集委員会)という総合雑誌的な季刊雑誌が十五年間も継続しています。
  町田市には文学文化人の連絡会「町田ペンクラブ」(町田市薬師台1-2-2、発行人・千野皓司。東京町田ペンクラブ会報」発行)が30年以上季刊で会報を出しています。
 「アゴラ」は市民運動の機関誌的な内容です。環境問題・人権意識・国際交流等です。米軍基地がある市です。基地闘争のメンバーが定住し機関誌的発行が創刊だそうです。市民に定着するとともに文化や生活方面に内容を広げ毎号百頁程度になっています。
  市民がつくる総合雑誌のキャッチフレーズを表紙に刷り込んでアピールしています。書館・公民館・市民会館等で閲覧できます。書店組合でも販売を行っています。
「町田ペン」はB4版の大判で20ページです。色刷り表紙で本文頁も厚く高級です。会員は画家・詩人を始め地方史研究家や書家・エッセイスト・版画家等の文化人です。随筆・旅行記・地域の歴史等の他会員情報が掲載され文化人サロンを表現している。ペンクラブは社団法人として運営されていて文芸同人会とは趣が違っている。
  無名の文芸愛好家集団である相模文芸クラブとの肌合いも違い馴染にくくもあります。
 近年は文芸同人誌「相模文芸」も高齢化して研究者・教員などが退職して入会する傾向があります。専門知識が豊富で論文など文章も練られています。彼らの発表も増えています。経済的な余裕もあり知的表現も豊かな人々が多量の掲載を行う傾向が続いています。
  評伝・論評・随筆等で高い知性と優雅な文体を十分に示しています。流石です。今後も多くの教養人が高齢化してリタイヤ後の趣味を求めて参加するでしょう。前記二誌と内容的にも類似してくることでしょう。文芸文化の総合誌化です。アナログな文字文化の同好会は高齢者のサロンとして栄える事でしょう。「文芸同志会通信」投稿の同人誌サークル紹介もそれを察知したスタイルにして行きたいと思います。
《参照:外狩雅巳のひろば

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2014年7月21日 (月)

文芸同人誌評「週刊読書人」(7月4日)白川正芳氏

『椎名麟三-自由の彼方で』(椎名麟三生誕一〇〇周年記念号、椎名麟三を語る会発行)より赤城昭世「追悼の想い」、「言語文化」31号(明治学院大学 言語文化研究所発行)より「特集 一九六〇~七〇年代日本映画と世界-どのように見られ、語られたか」・「ベートーヴェン 危機からの創造的秘薬」(エリカ・シューハルト博士講演 樋口隆一通訳)、『SEITO 百人一首 2013』(同志社女子大学発行 NHK出版)
竹内七奈「せつなげな手」(「民主文学」6月号)
秋月ひろ子「観覧車の見える場所」(「小説家」140号)、米本元紀「保田與重郎ノート」(「イミタチオ」55号)、野川義秋「小説 官山」(「農民文学」305号)、浜口潔「沖縄二人旅」(「高知文学」40号)、野中麻世「白いカバンの記憶」(「婦人文芸」95号)城田静香「海から響く声」(「まくた」284号)
「文芸同人誌案内」掲示板・ひわきさんまとめより)


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2014年7月20日 (日)

著者メッセージ: 柳広司さん 『ナイト&シャドウ』

  プロの小説家が小説を書くにあたって一番意識するのは〈読者〉である。 ――と書くと「何をいまさら」と鼻白む向きもあるかもしれないが、これが 案外難しい。第一に、読んでもらって、はじめて読者である。当たり前のこ
 とだが、読んでもらえなければ読者ではない。
  いったいどんな人がこの作品を読んでくれるのか? 年齢も性別も職業も、場合によっては国籍も人種も異なる未知の読者の反応を懸命に想像しながら、一文字一文字、手探りで書き進めていく。それが小説家の仕事であって、何度やっても難しいものです。
  というわけで、柳広司にとって二十二冊目の著作となる本書『ナイト&シャドウ』も、とことん読者にこだわって書き上げました。満足のいく仕上 がりになったと自負しています。どうぞ存分にお楽しみ下さい。(柳広司)
(講談社『BOOK倶楽部メール』 2014年7月15日号)

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2014年7月19日 (土)

対談「新 同人雑誌評」三田文學・第118号・夏季号2014

対談「新 同人雑誌評」勝又浩氏・伊藤氏貴氏・水牛健太郎氏・浅野麗氏
《今号で取り上げられた作品》
橘雪子「川に落ちる雨」(「せる」95号、大阪府東大阪市)/天川眞佐子「冬木立」(「札幌文学」80号、札幌市北区)/朝岡明美「遁走曲」(文芸中部」95号、愛知県東海市)/游川泉「食事を共に」(「箱館文学学校作品二〇一四」19号、北海道函館市)/天見三郎「山王一丁目」(「黄色い潜水艦」59号、奈良県奈良市)/三嶋幸子「さまよえる骨」(「八月の群れ」57号、大阪府三島郡)/中谷美智子「朋子の場合」(「山形文学」103号、山形県山形市)/祖父江次郎「落日の光景」(「季刊作家」82号、愛知県稲沢市)/佐藤綾染「一〇八つ」(「海光」創刊号、北海道函館市)/今野奈津子「炎」(「とぽす」55号、大阪府茨木市)/堀井清「今度の日曜日に」(「文芸中部」95号、愛知県東海市)/三原てつお「無花果」(「樹林」589号、大阪市中央区)/宮本誠一「恢印」(「詩と眞實」777号、熊本市南区)/中嶋英二「埠頭」(「江南文学」67号、千葉県流山市)/水口道子「紅茶と大根」(「あらら」5号、香川県三豊市)/宮崎喜代美「かぞえる」(「九州文学」25号、福岡県中間市)/橋本従子「ベランダの椅子」(同上)
「文芸同人誌案内」掲示板・ひわきさんまとめより)

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2014年7月18日 (金)

芥川賞に柴崎友香さん「春の庭」、直木賞に黒川博行さん「破門」

 第151回芥川賞・直木賞(日本文学振興会主催)の選考会が17日、東京・築地の料亭「新喜楽」で開かれ、芥川賞は柴崎友香さん(40)の「春の庭」(文学界6月号)に、直木賞は黒川博行さん(65)の「破門」(KADOKAWA)にそれぞれ決まった。
 芥川賞の柴崎さんは昭和48年、大阪市生まれ。大阪府立大学卒業後、機械メーカーに勤務していた平成11年に作家デビュー。4度目の候補で受賞を決めた。
 受賞作は東京・世田谷にある取り壊し目前の古アパートが舞台。離婚経験のある元美容師の男と隣人の女らの交流を描き、人が出会い、親密になったかと思えば離れていく都会の日常を緩やかな時間の流れとともに浮かび上がらせる。
 直木賞に輝いた黒川さんは愛媛県生まれ。京都市立芸術大学彫刻科卒。高校の美術教師を経て昭和58年、「二度のお別れ」で作家デビュー。6度目のノミネートで賞を射止めた。
 受賞作は、人気のハードボイルド「疫病神」シリーズの5作目。建設コンサルタントとヤクザの相性最悪コンビが、映画ビジネスの巨額資金をめぐって大阪、マカオのカジノへと東奔西走する。

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2014年7月17日 (木)

文芸同人誌「奏」第28号2014夏(静岡市)

本誌の目次は次のようになっている。創作「西行の日」小森新/詩「Knowledge in Chmistry-AnEpic -For the world`s Greatest chemist chemist Erasmus」Masahiko ABE/「遠藤周作『地の鹽』『コウリッジ館』論」勝呂奏/小説は芸術たり得るか「谷崎潤一郎『■(旧字の食にあたるらしき部首とつくりが堯)太郎』『から異端者の悲しみ』へ」中村ともえ/ぷらていあ「小川国夫『逸民』推敲考」勝呂奏/「堀辰雄旧洋書の調査(五)-コクト③ー」戸塚学/講演録「完全版『人間の運命』の完結を見て」勝呂奏。
【「遠藤周作『地の鹽』『コウリッジ館』論」勝呂奏】
 遠藤周作の芥川賞受賞後の表題2作品が、作者のパリ留学時代の体験からどのような背景で書かれたかを解説する。2作品には遠藤がフランス留学した時に体験した、人種差別意識の現実を背景にしているのだという。評論によると遠藤自身の評論「有色人種と白色人種」(昭和31・9月『群像』に、留学前の日本で<人間本質の普遍性は白人であろうが黒人であろうが変わりないという原則をもっていた>と書くように、それが信じられていた。これは通常の人間の観念としての共通意識であろう。しかし、フランスで体験した遠藤周作の体験は、観念が実際の渦中に巻き込まれたことの現実として、切実感が異なっていたようだ。そして自分自身も差別意識の当事者としての視点から、その問題を作品化し、その細部を検証している。
 遠藤周作の「沈黙」を読んでいるが、テーマにまぎれがなく、すっきりと整理された作品との印象をうけた。この評論を読むと、それ以前にこの2作品の存在があったわけである。「沈黙」は完成度が高く、出来すぎ感がある。おそらく、経験を積んだ作法慣れとでもいうものが漂う。しかしその前に、感受性の鋭いこの純文学作品が存在していたことがわかる。
【ぷらていあ「小川国夫『逸民』推敲稿」勝呂奏】
 小川国夫の推敲の過程をよく検証している。たまたま「季刊文科」62号に<なつかしい作家たち第2回>徳島高義「小川国夫『彼の故郷』のころ」が掲載されている。ここに勝呂氏の著作「評伝 小川国夫 生きられる“文士”」(勉誠出版)からの引用がある。
 発行所=〒420-0881静岡市葵区北安東1‐9‐12。
紹介者「詩人回廊」北一郎

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2014年7月16日 (水)

桜庭一樹さん、友野英俊氏と離婚

 浅野忠信主演で映画化された「私の男」(08年)で第138回直木賞を受賞した女性作家、桜庭一樹さん(42)が11年末に、お笑い芸人で放送作家の友野英俊(42)と離婚していたことが14日、分かった。
 桜庭さんは09年5月に友野と結婚、関係者によると11年暮れに離婚したという。友野は89年デビュー、2001年に山下しげのり(45)と漫才コンビ「ガリッパナ」を結成したが03年に解散。最近は放送作家として活躍している。(スポーツ報知 7月15日)
参照:続々・桜庭一樹 読書日記

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2014年7月15日 (火)

木内是壽「梅谷庄吉の辛亥革命」(「相模文芸」連載)を読む

 「相模文芸」25~28号に連載の木内是壽「梅谷庄吉の辛亥革命」全四回を読んだ。 四百枚近い評伝大作。中国の清朝が倒れた辛亥革命と梅谷庄吉の関係を書く。キーワード事に説明調に読みやすく書き繋ぐ方法で孫文との関係中心に構成。梅谷庄吉の生涯記として進めている点でも読みやすく成功している。調べた事を自己流に系統立て、何々であると言った易しい文章も成功の一つ。2011年が辛亥革命百年なので多くの研究書が出回ったのも幸いしている。さらに、今年の二月二十六日テレビ東京で「たった一度の密約」が放映。中国問題は関心が多いので会の内外に愛読者もあり当方にも感想が来た。読売新聞西部本部刊行の「梅谷庄吉と孫文」の記述が多用されている。
 但し、著者流文体にしたり他の引用と混合させたりして独自色もある。とくに、読売版中の久保田文次氏(日本女子大)の記述が酷似していた。
 文芸同人誌のサークルで二年間にわたる連載も幸いしたと思う。文芸同人誌なので物語性が求められる傾向が評伝を好位置にした。高齢者の研究熱心を反映して近年、相模文芸誌は評論や随筆が増えた。
 250~300頁の同人雑誌の半分以上が随筆と評伝・評論類である。しかも真面目な書き方で良質。専門性・調査・時節向き等である。相模原市は図書館も充実している。二十の公民館にも図書室がある。
 隣接の町田市に行けば文学館もあり研究者には良い環境だろう。各著者は次号以降も更なる発表を表明している。意気軒昂である。
「相模文芸」発行所・相模原市南区古淵6-28-37 (有)蒼史堂印刷。
 ※辛亥革命と梅谷庄吉の時代は日本では労働者等の無産者階級が興隆した時期である。米騒動・娘の売買・労働争議・小林多喜二・大杉栄。そんな発想が相次いだ。
  ロシア革命の影響で政治・経済・文学・思想・哲学等の分野が賑わった時期である。梅谷庄吉がそんな日本国内の情勢をどうとらえていたかに大いに興味を持った。
  右翼・大陸浪人の名が多く出るのに左翼的な著名人の名は皆無である。という事は、推して知るべし。日本的な革命解釈。偉人伝記。嫌中・嫌韓。梅谷庄吉と孫文を日中友好の建機に出来ないものか。(外狩雅巳・記)
《参照:外狩雅巳のひろば


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2014年7月14日 (月)

概観2013年「同人雑誌」伊藤氏貴氏『文藝年鑑2014』

『文藝年鑑 2014』日本文藝協会編 平成26年6月30日発行
概観二〇一三年 「同人雑誌」伊藤氏貴氏筆
木下恵美子「惑いの果て」(「詩と眞實」773号)、米沢朝子「魂魄」(「蒼空」17号)、加地慶子「橋」(「まくた」278号)、高橋陽子「たべごろ」(「せる」91号)、吉田真枝「無灯火」(「詩と眞實」764号)、「30」4号より中村徳昭「産業祭」、「mon」より鶴田菜穂子「ナナフシ」、八重瀬けい「あたしと祖母の四十九日間」(「九州文学」22号)、奥田寿子「女ともだち」(「あるかいど」50号)、夏当紀子「しゃぼん玉みたいに」
「文芸同人誌案内」掲示板・ひわきさんまとめより)

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2014年7月13日 (日)

「北方文学」70号記念号(新潟県)のいま=外狩雅巳

 「北方文学」70号がこのほど発行された。96頁建てになっている。314頁という大冊である。24名の同人中10名が長岡市・六名が新潟市。創刊54年での70号記念号である。詩三編・小説四編・史伝一遍・評論十篇。
 「編集後記」から抜粋すると―ー、
 全国に同人雑誌は無数にあるが、ほとんどの雑誌が評論の不在を露呈している。
 そんな中で「北方文学」は例外的な存在である。しかし、本当にそれでいいのか という疑念は残る。
 評論というものは、あくまでも「創造そのもの」ではあり得ないからである。それは創造をめぐる二次的な言説にすぎないとも言える。
 しかし、「文学」というものを相対化して論ずることは、どうしても必要なことであり、評論の重要性はある意味でゆるがない。---
 ※私は相模文芸クラブの設立以来十年間にわたり事務局を担当して来ました。
  同人誌・相模文芸の会員作品は文芸思潮・文学街で取り上げられました。
  結果、全国から問い合わせ等もあり、詩誌交換等の交流が広がりました。
  北方文学も長い交流があり1800円の雑誌を毎号贈ってくれます。後記にあるような深い問い掛けには答える術はないものの考えさせられました。地域文化を担う自負を読ませられたように感じました。
  交流により多くの同人雑誌を読んで来ましたが他人事として接したようでした。
  相模原に15年。もうすぐ30号。改めて考える機会だと思いました。
「北方文学」発行元・新潟県柏崎市小倉町13-14、玄文社
《参照:外狩雅巳のひろば

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2014年7月12日 (土)

それだけではない。實重彦さん「ボヴァリー夫人」論

「研究」の言葉につきまとう「ほとんど無意味な真面目さ」が嫌いと話す。一方で、「今では自分より年上の人が亡くなり、変なことですが、英語や仏語、イタリア語などを含めて私が、『ボヴァリー夫人』について書かれた文献を世界で最も読んだ人になった」と、表情を変えずに言い切る。
 先鋭な映画や文芸の評論で知られ、東大の総長時代は「大学教育で最も重要なのは、彼らをどう変化させるか。1年生を挑発したい」と原稿用紙42枚分の長大な式辞を入学式で読んだ。その著者も78歳になった。
 6年かけて執筆した本作を、ライフワークとは呼ばない。「これを書き上げると、ほかのものをしないように聞こえる。サッカーのワールドカップ、小説、映画を見てもいい。世の中には面白いことが多くあるから、自粛したくありません」(読売新聞7月11日。構想45年!蓮實重彦さん「ボヴァリー夫人」論
  お偉い学者さんですら、文学だけじゃない。平凡な文学精神だけが青年のおいらなれば、二の次、三の次で当然か。先日、神田神保町の古本屋街に行った。ぶらぶらして、三省堂のビルでお茶をして、シラノ・ド・ベルジュラックを読む。また今月で店仕舞いをするという社会科学本専門店の店主と話す。まだ唯物論研究会が雑誌を出しているのには驚いた。買ってこんどは近くのベローチェで読む。安いねコーヒー代。ネグリについても触れているのは時代か。一応、フローベルについては「暮らしのノートITO」でも書いています。

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2014年7月11日 (金)

著者メッセージ: 大山淳『猫弁全集』

 東大卒の弁護士なのに、六畳ひと間のアパート暮らし。 猫がいっぱいいる事務所で、人のため猫のために走り回る百瀬太郎は、 くせ毛で丸めがね。見た目も冴えません。
 ミステリーなのに人は死なないし、弁護士ものなのに法廷シーンは描かれ ない。そんな『猫弁』シリーズをこれまであたたかく見守ってくださった みなさま、ありがとうございます。いよいよ完結のときが来ました。
 第5弾『猫弁と魔女裁判』、百瀬はついに法廷に立ちます。そして百瀬は……結婚できるのでしょうか?
 1から4で撒かれた種が、最後にどんな花を咲かせるでしょう? 同時に『猫弁全集』が発売されます。
 第1弾から第5弾まですべてが収録。初版はカスヤナガトさんのイラストカード付きです。
 10日前には、第三弾『猫弁と指輪物語』が文庫化されました。 6月って、猫弁祭り?
 ここでお願いがあります。 『猫弁』は一読ではなく、再読していただきたいのです。ラストを知って 読み返すと、気付くことがあります。無作為にふっと開いて読み返しても、 発見があるように、一行一行、心をこめて書いています。 文庫でも単行本でも全集でもいい。人生のお供として、みなさまのおそば に置いていただき、時たま手に取っていただけたら。それが著者であるわたしの贅沢なお願いです。(大山淳子) (講談社『BOOK倶楽部メール』 2014年7月1日号より) 


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2014年7月10日 (木)

同人誌作品の読まれ方の一手法

 北一郎が外狩雅巳作品を評論したことで、読者を増やしたという。<「詩人回廊」外狩雅巳の庭>。たとえば文芸同人誌作品紹介に紹介記事を書いても、「これを読んだので、その作品が読みたい」ということは非常に少ない。(これまで、ないいことはないが、年に1度ほどはある)。しかし、評論を書くと作品を読む例があるようだ。評論は読まなくても、作品を読んでもらえば良いので、結果オーライであろう。

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2014年7月 9日 (水)

短歌誌「香雲」17号(相模原市)の現在=外狩雅巳

短歌誌「香雲」は、大友道夫氏が五年ほど前に創刊した短歌誌である。今号は24頁建だが年四回刊行を守っている。大友道夫氏は15年前の相模文芸クラブ設立準備会合に結集した古い同人誌仲間である。
 氏は長らく短歌の世界で活躍し先生と慕われ指導している。一念発起し自身の城を建てた。現在は短歌中心の紙面構成だが吟行会と称し旅を企画しその旅行記なども掲載している。編集後記やコラムの散文も多く随筆的な文章もある。前回紹介の「白雲」誌のような前途の可能性を秘めている。
            ☆
・どうしたの万能細胞万歳と胸躍らせたに泡と消えるか
・武器輸出新原則の決定を夕刊に知る四月馬鹿の日
・感情のコントロールが利かぬのは雨降りのせい昨日今日あめ
・「ヨボセヨ」と間違い電話かかり来て事もあろうに朝鮮総連?
・コンビニの誕生初日に売れた品 中年男性サングラス買う
           ☆
 五首とも作者は別だが狂歌のような面白い作品も多く掲載されている。二十名程度の会だが高齢化の時代なのできっと大きくなると思う。多くの受贈誌があり各誌の二三首を紹介している。次号は五周年記念号。
◎短歌誌「香雲」17号・7月1日発行。発行所=八湖沼相模原市中央区上溝6-7-3、大友方。

  文芸の同好会も高齢化で前途多難である。ネットで全国同人誌一覧を検索してみた。 多くの会にホームページ等がある。読んでみると廃刊・休刊の事態が良く分かる。 仲間の訃報も多い。主宰者の訃報が終刊号に出ていると胸を締め付けられる。 倒れて後止む。それは明日の我が身でもあろう。同人誌創刊の記事は少ない。
 そんな中での「香雲」の創刊から五年間の歩み。相模原の地に文化文芸が根付く事を
祈る。
 紹介者プロフィール=外狩雅巳のひろば

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2014年7月 8日 (火)

文芸同人誌「海」第二期第12号(大宰府市)

【「白い翳」有森信二】
 福岡に住む健治は3年前に定年になり趣味の会の幹事をしている。母親は87歳でさまざまな病を治療しているが、長年住み慣れた自分の家で独り暮らしをしている。長男である健治が福岡に引き取ろうとしても、無視している。
 母親の病気を見守る中で、健治は少年時代の母親や親類のことを思い起こす。健治がこだわるのは、自分が本当に母の夫、つまり父親の子供なのかという点である。このこだわりをどこまでも追求している。そのために、幼少時代の記憶が単なる思い出話や時代の記録から脱け出て、純文学の世界に踏み込んでいく。
 敗戦直後の時代、まず母親は幼少時代から彼に甘えを許さない厳しい態度で接する記憶が語られる。それは彼が長男で農家を継ぐ立場であるから、と彼女は言う。
 この時代の農業従事者にとって、子供は重要な労働力。また、農地と人間の生産関係は、その土地を耕し、面倒をみる条件のもとで、収穫が得られる。しかも一定の面積を確保し、土地を分割しては良くない。長男だけがその土地を承継し、二男、三男、女性は家を出される。母親は、時代が変わっても、昔ながらの農業を守らすには、長男が勉強をして世間のことを知るのは良くないと、健治に勉強をさせないようにする。
 小説では結果的に身体が頑健でない健治は進学し、長男でありながら農家を継がないことになる。
 健治は、自分は祖父の子供ではないか、という疑惑を抱き、母親と祖父との関係について様々な出来事を回想する。祖父が文学愛好家で、血のつながりの濃さもある。しかし、母親はそのことを否定するニュアンスの答えしかしない。健治のアイデンティティに関する疑問は白い翳として存在しつづける。
 健治は父親が誰かを疑問にしながら、父親については多くは触れない。本当は、母親の愛情が欠落したような雰囲気で育てられた、それは何故かという、問題提起なのであろうか。息子はどこかで心を傷つけられている筈で、そこにたどりつかず、どこか漠然としたところがある。それ以外に多くの問題提起がなされているので複雑さを与えている。当時の社会制度の家長制度へのマインドコントロールに対するこだわりや反感あるのかもしれない。母親は、風変わりな性格ではあるが、長男の進学や都会住まいを許したのであるから、愛情を示さなかったわけでもないのではないか。
 描写にはすごいところがあって、勉強のことで、母親と口論になり、――母が傍らの六尺棒に手を伸ばしたので、健治は朝飯の箸を飯台に置いたまま、飛び退った。素足にズックを突っかけ、門口に入り出る。ぶつかりそうになった鶏が、あわてて羽を広げて物置の軒下まで飛んだーーとある。他にも優れたところがあるが、とにかくその描写力によって、自然にユーモアというか、哀感がでている。
 技術的には、小説に重層性が増すエピソードが多彩で、曖昧なようでいて、かつての家長制度主体の世間の掟が、時代の変化で崩壊しつつある現代を照らしている。読後になんとなくヘンリー・ジェイムズの「ねじの回転」を思い起こした。これは女性の家庭教師が幽霊に出会う話だが、幽霊がでたようにも思え、あるいは家庭教師の思い込みのようにも読める。この二面が曖昧で、どちらにも受けとめるられるように作者が仕組んでいるので有名である。
発行所=〒818―0012大宰府市観音寺1‐15‐33、松本方。
紹介者「詩人回廊」北一郎。

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2014年7月 7日 (月)

文芸同人誌「季刊遠近」53号(川崎市)

【「雪の春」難波田節子】
 滅多にない大雪に見舞われた町のある一家。年配の主婦の「私」の視点で行きつけの店や、独立した子どもたちなどの家族関係の話が進む。
柱となるのは、雪である。小説における季節は、内容への味付けの強化になっていることが多い。雪は風景としては美しく、スキーなど遊び心を誘うが、農家などは生活に打撃を与える。ここでは、町の突然の大雪が、じわじわと不吉な様相をもって市民を襲う。主人公の母親は、大人になっても甘えのある息子の頼みで、急病になった孫のために大雪を押して、駆け付けようとする。息子への無償の愛を与える彼女に、大雪はどんな運命を与えるのか。
 主人公には、大雪にからむ出来事で良い記憶がない。自らの体験もそうだが、まず長女と長男の問題が語られる。目立つのは、主人公の夫婦の長女の姉より弟、長男への愛情の傾斜である。日本の家長制度の名残りかも知れない。長女の小学校入学の祝いに家族で山中湖畔に行く。そこで大雪に見舞われる。その時、弟の長男が雪遊びに夢中になり、手足が凍る。父親は息子が凍傷になるのではないかと、恐れて必死で手当をする。旅行の主人公であるはずの肝心の姉の娘に気配りできない。父親に冷たくされたと感じた娘は、もの思いにふける。作者がそれを的確に描くので、家族関係の構造を見事にあぶりだしている。ここで長女は、自らの存在の立場を弟との関係で察知する。自分がそのままの自分であるだけでは、父親からの存在承認は得られないことを知るのである。母親は、娘がその後、社会的に独立していくのを見ている。娘は肉親関係の無条件な愛を求めることに深追いをしなくなり、社会で何かを成し遂げること、行動によって社会的な存在承認を得る方向に向かったことを示す。
 たしか、作者はクリスチャンであったように記憶する。かつては古代ヨーロッパを舞台にした作品も書いていた。それが近年は家族の構造に興味を示しているようだ。ニーチェは、キリスト教やマルクス主義思想を、弱者や貧者の恨み(ルサンチマン)であると説いた。そうした思想に押されるように、人間社会の根幹は経済や階級、原罪の追求ではなく、家族というような構造をもつところにあるという思想が生まれた。それがまたポスト構造主義に変化している。この話をすると、長くなるし、同人誌に書く人などには、そのような話はつまらない、といわれるので止めるが、この作品にはスタインペックの「エデンの東」に読むような親子関係の要素が組み込まれている。日本の家族においては、カインとアベルの構造は、どのように変化しているのか、作者の筆力に期待したい。
発行所=〒215―0003川崎市麻生区高石5-3-3、永井方。
紹介者「詩人回廊」伊藤昭一

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2014年7月 6日 (日)

早稲田大学教授・石原千秋 責任と無責任のあいだ!7月号

   《7月号 早稲田大学教授・石原千秋 責任と無責任のあいだ》説明責任は果たせないが書くと決めたと自己言及しながら書いているのが、青来有一「悲しみと無のあいだ」(文学界)である。「原子爆弾の光景」を長崎で見た父親が、癌(がん)を病んで息を引き取った。その体験を書きたいのだが父親は多くは語らず、結局「わたし」はいくつもの先行する文学作品に託して、たどたどしい、あるいはしどろもどろの「です・ます」の文体で書き上げる。それが悲しい。その悲しみを文学が支えている。最後は文学に賭けるしかなかったのだと、問わず語りに語っている。タイトルも含めて、これが秀抜な文学になっている。

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2014年7月 5日 (土)

西尾維新『悲業伝』登場人物の名前が物語を作る

 強い自意識を抱え続けてきた十三歳の少女・手袋鵬喜(てぶくろほうき)。 魔法少女製造課課長・酸ヶ湯原
作(すかゆげんさく)に才能を見出され、変 人揃いのチーム『サマー』に配属されることに。
 しかし、四国全住民失踪事件の捜査に訪れた英雄・空々空(そらからくう) により、彼女の世界と自己愛は、粉々に破壊されてしまう。
 特別な自分に返り咲くために必要なのは、究極魔法――!?
 一方、地球撲滅軍の才女・氷上竝生(ひがみなみうみ)と最凶科学者・左右左危(ひだりうさぎ)は暴走した最終兵器『悲恋』を追って四国を目指す。
 魔法と科学、相反する力の一騎打ちが始まる!

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2014年7月 4日 (金)

文芸同人誌の動向!「白雲」38号(横浜市)=外狩雅巳(投稿)

 「白雲」38号・2014朱夏が発行された。96頁建てになっている。今号で創刊19年になる。会員100名という盛況である。 俳句と短歌を始め詩や紀行文もある。小説と随筆も充実してきた。岡本多可志の俳句は80句も掲載されている。主宰者の貫録である。

 柏手の2つめ強く初参り
 日に当たるそれだけでよし福寿草
 だんだんに川音高し梅林
 うぐひすの一山狭めゐたりけり
 土筆摘む手元が早くなりにけり

  また、編集にも気配りが多くなされている。主宰者の目配りだと思う。例えば、他誌との交流にしてもそれぞれ7首を紹介している。個人句集の紹介ではさらに多く15首も抜粋し掲載している。
  句会・吟行会を毎月開催したうえで「白雲」誌合評会もおこなっている。交流先も多いし寄贈先も多い。500部発行も理解できる。作品掲載はページ3500円が必要。会員分担金も3500円である。この他にも散文寄稿等の割増金や交流・寄贈先一覧等の記述もある。
 私の処には(読者各位へ)と題した挨拶文も織り込まれている。
 主宰者の岡本氏とは関東同人誌交流会で懇意になり交流中である。先日のまほろば賞選考会では独自の採点表も作成し配布してくれた。
 意欲・気配り・率先発言など会合の先導者として見せ場も多かった。三桁の会員を擁する文芸同人会の運営手法は勉強になりました。
発行所=横浜市港南区港南6-12-21・岡本高司・白雲の会。
参考《外狩雅巳のひろば


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2014年7月 3日 (木)

文芸時評(東京新聞6月30)沼野充義氏

  青来有一「悲しみと~」父の被爆体験を再構築
 松浦寿輝「明治の~」自らの歴史的母体解明
《対象作品》
黒川創「旧柳原町ドンツキ前」(新潮)/  青来有一「悲しみと無のあいだ」(文學界)/北野道夫「305」(すばる)/山下澄人「ルンタ」(群像)/松浦寿輝「明治の表象空間」(新潮社)

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2014年7月 2日 (水)

文芸同人誌「海」89号(三重県いなべ市)

 会員から自作品の「作品紹介」でない「文芸評論を書いてみないか」と言われて実施している。同人雑誌作品を文学として評論することが少ないのだ、と感じた。たしかに、文集的な書き物も文芸として掲載されている。それらは生活文章としての価値ををもつ。日本人の歴史的な識字率の高さのもたらす優れた文化である。それがいわゆる文学と同じなのか、異なるのか。その違いを検証している最中での紹介文である。
【「雛人形」宇梶紀夫】
 宇梶氏は「農民文学賞」受賞作家で、農民文学では有数の作家であろう。今年の季刊「農民文学」304号では、「鶏頂山開拓物語」を執筆している。これは鬼怒川温泉からやや離れた土地の開拓民の苦労する姿を、リアリズムで描いたもの。今では農民の時代小説、歴史小説と見て良いであろう。「雛人形」も鬼怒川沿いの農民の生活を現代の姿で描く。手法はリアリズム。作者はその現実を提示して、農民の心情を映す。詩人の谷川雁は、日本人の民族的ルーツは農民であるのに、労働運動は農民をプロレタリアートとしての同胞にしなかったことを活動の停滞の原因のひとつにしている。ここでは農民プロレタリア文学がいまだ存在していることを示している。農民の心情だけでなく、村社会の構造についてもっと触れたら、現代性が増したように思う。
【「雨ぞ降る」国府正昭】
 これは、いわゆる無差別殺人のような殺人者の視点と、何も知らずに被害を受ける生徒と関連する教師たちに視点を移動させて描く。文学的意欲作で、最終章で犯人の一人称に変わり、「罪深き『私』にこそ雨がふるのだ」と思う。雨が罪を洗い流すとする。実存的な小説である。多くの文学作品には天候の情景が設定された場合、それは状況説明に暗喩としての意味をもたせ、効果を重層させるのがほとんど。ただ同人誌には、それがほとんなく、「雨がふれば、たた雨が降ったけで他の意味がない」という定義をしようと思ったが、そうでない事例もあることがわかった。
【「鉛の棒」遠藤昭巳】
 東日本大震災の現状の視察記である。報告者の気分が「めまい」がで表現されている。作者は同誌に「哀歌」という心優しい詩を発表してにる。災害地のレポートにはジャーナリストの胸を突くようなものが多くある。形にとらわれずに、詩でもなんでも投入したらどうなんだろう、というのが感想である。
発行所=511-0284三重県いなべ市大安町梅戸2321-1。
紹介者「詩人回廊」北一郎。

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2014年7月 1日 (火)

著者メッセージ: コロッケさん

 来年、2015年にデビュー35周年を迎えます。今まで応援してくださった皆様、 私のものまね芸を楽しんでくだ
さった皆様方には、本当に感謝の言葉しかあ りません。
 今回、自分が実際に経験して学んできたことをもとに、「何か皆さんの参考 になれば……」という気持ちで
まとめたのが、『マネる技術』です。
 学生の方も、働いている方も、みんな先輩や理想とする人のやり方をまねて、 自分なりのオリジナルな方法へ
と進化させていくと思います。それは私も一緒。
 「相手が好き」を超えて、「相手になりたい」という気持ちで300種類のネタ を作ってきた私の考え方やアプ
ローチの仕方がヒントになればこんなに有難 いことはありません。
 昨今、年配世代と若い世代との間の断絶が広がっているように思えてなりま せん。そこで最近は、あえてフ
ォーク界の男性の大御所さんに、若い女性の 切ない恋心を歌うJ-POPの歌手の唄をうたわせたりと、“あ
りえない” 組み合わせのものまねに挑んでいます。そうやって、世代を超えて、また 家庭の中で、「会話の接点」が生まれるようものまねをやっていきたい、と 思っているんです。
 「一生芸人、一笑感謝」でこれからも頑張ります! (コロッケ) (講談社『BOOK倶楽部メール』 2014年7月1日号より) 

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