文芸同人誌「石榴」15号(広島市)
【「1990年代の思い出」篠田堅治】
家庭を持つ女性と妻に去られた男の恋愛関係を描く。男の意識はベンヤミンというユダヤ人学者の研究体験を通して語られる。研究に没頭したため妻に見はなされたらしい。思い出の年代は日本経済がバブルから失われた20年に至る時代である。ベンヤミンについては、詳しくは知らない。それでも恋愛という不思議な心理を、凝った文章で表現するのには伝わってくるものがある。恋情もバブルと同じかも、と感じさせる。作者の工夫する姿勢の文章が、楽しく読ませるというか、興味を引く。描かれた女性の謎めいた魅力が優麗にして粋である。
【「訣別」木戸博子】
病院を経営していた父親が亡くなり、長年連れ添ったという女性の要求で、6年間空き家だった病院を子供の兄妹が相談して売却することになった。取り壊される前に、かつての関係者も混じって、兄妹が見にいく。主人公の妹は乳がんの手術のあとの幻影痛に悩まされている。その伏線があるせいか、廃院での父親と対話する幻影が自然に描かれている。
チェーホフなどの話も出る。たしかに平成26年における現代が、時代の変わり目に入り、なにかと訣別しつつある寂しげな時間の中にいることを感じさせる。品格があり隙のない構成で巧いものだ。
発行所=〒739-1742広島市安佐北区亀崎2-16-7、「石榴編集室」
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一
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コメント
鋭いご批評をありがとうございました。この作品は「文芸思潮」56号(7/25発売)に「まほろば賞優秀賞」として転載されました。
投稿: 木戸博子 | 2014年8月 6日 (水) 16時31分