【文芸月評】5月(読売新聞)「大江健三郎賞」第8回で終える
作家の大江健三郎さん(79)が、一人で選考する文学賞「大江健三郎賞」を今年度の第8回で終えるにあたって4月18日、最後の受賞者の岩城けいさん(43)と対談した。
報道関係者だけに公開された場で、大江さんは最近、夏目漱石の『こころ』を改めて読み、「明治の精神」が書かれていることに感銘を受けたと明かし、加えて言った。
「文学は時代の精神、その時代に生きているということを表現している」
【文芸月評】時代に巣くう孤独感 人の定義づけ溶けゆく
漱石には及ばなくても、今月の文芸誌は2014年の気分が刻まれた作品があった。
木村友祐さん(43)の「聖地Csセシウム」(新潮)は、東京・中野に住む33歳の主婦が、原発事故による福島の居住制限区域にある牧場「希望の砦とりで」に向かう物語だ。被曝ひばくして現地に取り残された360頭の牛を飼う牧場主の活動をフェイスブックで知り、ボランティアとして手伝いに訪ねた。
ピッ。ピッ。……ピピッ。高い線量を示す放射線測定器の電子音におののきながら、牛舎に落ちたやわらかくて黒い粘土のような糞ふんをシャベルですくい、片づけ始める。
本作は実在の牧場を取材しており、活動を記録した針谷勉『原発一揆』(サイゾー)を参考文献に挙げる。だが同著と比べると、「聖地Csセシウム」は事実より、牧場に関わる人物の心の動きに重きを置く。
夫との不和の反動で牧場を理想視したものの、生身の牛を扱う現実の厳しさを知る主婦のたじろぎ。活動家の風貌もある牧場主の意地と絶望。自己のPRに使うタレント議員の底の抜けた軽薄――。
以前は普通に営まれていた牧場が、原発事故を境に特別な意味を持つ場となり、関わる人々は様々な事情を抱え、互いに完全には理解できない「孤独」を抱えるようになった。小説の定法に沿って組み立てられてゆく本作をたどるうち、この孤独は心の傷として、私たちの内部にも巣くったものだと不意に思い至る。
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