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2014年5月21日 (水)

外狩雅巳「足払い」の作品評論について

 このところ「詩人回廊」に北一郎名義で、外狩作品ー「足払い」の評論ーを掲載した。2回ほど書いて,これ以上はネット公開するのを止めることにした。続きは、パンフレットにして紙に書いたものにすることにした。この小説は肉体を通して、資本主義の成熟したなかに、柔道の企業内戦士として、階級闘争を戦う姿勢みせている。このへんまでがネットでは無難なところと思う。これ以降は、肉体の視線で表現したら、性的な接触のあり方が問題になる。この作品でも、それが必然的に組み込まれていて、主人公の相馬と恋人との交わりの表現があるのだ。そこで、作者は19世紀~20世紀型の表現に独自の工夫をしている。それが果たして純文学的であるのかどうか、純文学と官能小説の親和性について、解説をしてみようかと思う。
 同じ「詩人回廊」で、伊藤が「文学フリマ」物語消費を書いている。文学も年代層に細分化している。そのことを考えると、年代が違っても、お互い共通の小説がある。夏目漱石、森鴎外などは、今でも読まれている。すると、古典の表現手法で創作をした方が持続性があるような気がする。

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