同人誌「初めての法學」Ⅰ(東京)
本誌は2013年11月の第17回「文学フリマ」(東京流通センター)で販売されたものである。ぜひ紹介したいと思いながら、5月の18回「文学フリマ」の時期になってしまった。これは法政大学もの書き同盟と國學院大學文藝部の合同企画出版である。大学生たちの同人誌なのだ。
【「他人事」猫乃りんな】
おれという若者の語りで、アルバイト仲間のテツオとの交際の姿を描く。テツオはすべてのことにケチをつける。それに対しおれは、同調をしたふりをしながら、内心では冷ややかに彼をみている。それというのも「テツオは高卒のフリーターで、おれは大学の二年生だった。奴はおれより二つ年上だが年齢にそぐわない老けようをしていた。(中略)どこからも生気が感じられない。一目で人生の敗北者とわかる顔つきだった。つまりおれとは正反対の人間だ」と思っているからだ。
そしてテツオが臆病なくせに、他人を見下してあたかも自分が優越しているような言動を、仲間にそれとなくあげつらって笑いの種にしているおれなのだ。その後も、お互いに相手の立場を自分の立場の優越性を示す出来事としてしか考えない人間関係が描かれていく。テツオの演技的な自己優越性を誇示する言動に共感はない。しかしうわべだけは友人であるのだ。おれの仲間たちは、そのような関係しか出来ていないことを暗示する。テツオについて、その虚勢の姿勢や言動をおれは陰で仲間伝えて揶揄する。それも仲間に自分の優越性を誇示するためだ。テツオは、通り魔事件が起きたりすると、犯人に同調した心境を語る。実際にナイフを持ち歩いていることがわかる。テツオは学歴コンプレックスから大学生にケチをつけている。おれは、内心でそういうテツオを軽蔑する。テツオはその態度の悪さから、店に来た客に殴られるのをおれは冷やかに傍観する。テツオはおれに「他人事だと思いやがって、いつかお前だって」という。
テツオは、おれの眼の前から姿を消す。おれは卒業して就職をする。そして、ある時、おれはテツオが惨めな姿でいるのを町でみかけて、仲間と彼を嘲笑する。テツオはナイフをかざして、おれを刺しに襲う。しかし、寸前で仲間が阻止してくれ、助けられる。おれは「これツイッターでながそうか」とかいう。仲間が、なにを言っているのだ、お前はいま殺されかけたのだぞ、という。しかし、おれは、自分の身の上にそんなことが起こるわけがない、と思うのだ。
ここには作者の現代社会への違和感が表現されている。自己中心のジコチュウからタニンゴトへの微妙な変化。我々は水族館の厚い壁のむこうの魚をみて、リアルに思っているが、現実には存在する世界が異なるのだ。絆や連帯の強調される社会になったのは、それがもう存在しないからなのではないか、など考えるヒントを与えてくれる。文学と同時に哲学でもあるので、いまだに手元に置いている。
紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。
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