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2014年5月25日 (日)

個人文芸誌「風紋」第2号(枚方市)

【「夕凪エレジー」和田ヒロミ】
 中編小説1編だけが掲載されている。個人誌である。主人公の凪子(定年5年前に教師を早期退職)の母の八重は、八十歳を超えて、20分ほどのところで独り暮らしをしている。母親は娘の連絡が減ったのが不満で電話をしてくる。
 電話で物語が始まるこの出だしは、文芸作品には多い。それがミステリーなどの娯楽小説でないかぎり、そのほとんどが相当つまらない。この小説も、夫の定年退職、母と娘の関係、凪子の実父と義父の話など、下町の井戸端会議で噂の元になりそうな過去を交えた話が続く。もしかしたら自分史的な生活物語なのか、と思いながら辛抱して読む気になった。
 ただ道筋にそって揺れのない文脈の筆力で、相当の文章歴があるのは、わかる。それで、凪子と母親がどのような影響を与え合ったかが、訥々と語られる。凪子は母親を慰安するためにふたりで旅行に行く、旅行先で漁港を観光寄り道見物のつもりが、思わぬ天候悪化に見舞われ、母と娘が共にそこで人生の終末に入ることを予感させて終わる。
 読了して、娘の視点による母親の人生の追求するこの話が、たしかに文学作品であることを確認できるのである。文学にはこうして忍耐をして読まねばならないようなところがある。作品は、肉親が如何なる人生をたどったか、だけにしか言及がない。徹底して人間の肉親関係、家族の基本構造から離れないところに特性がある。絆の密度の濃さは現代では失われたものである。
 構成面では、まず先に母と娘が漁港付近で凍死していることを語ってしまう方法あるのかも。その方が、効率よく話が進んだような気がする。最後のオチがあるという安心感が良く働く場合もあるが、その反対に、語りに甘さが出るという、欠点もあるような気がした。隠し玉のようにしないで、ネタを明かして、その後をどう読ますか読者との勝負をかける気合いがここでは欠けている。それが残念。題名にエレジーとあるが、現代からするとこれほど密着した母と娘の人生は、心の孤独な時代の今、羨ましいほど。「母親と娘の長い幸福な生涯」的な味わいがある。文学というのは、感動すればよいというものだけではないと思うのだ。
紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

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