文芸時評5月・石原千秋早稲田大学教授
「感動は説明できない」石原千秋早稲田大学教授
--荻野美穂『女のからだ フェミニズム以後』(岩波新書)を読んで、これは医学の問題であり、資本主義の問題であり、そして文学の問題でもあると思った。荻野美穂は長く生殖技術の問題を告発的に論じてきた研究者だ。帯の惹句(じゃっく)に「わたしのからだは、誰のもの?」とある。タイトルも含めて、「体」を「からだ」と平仮名で表記した意味も重い。漢字は男の文字で、平仮名は女の文字だったからで、「女のからだ」は男には手渡さないという決意が見える。
-村田沙耶香「殺人出産」(群像)は、「産み人」として子供を10人産んだら、人を1人殺す権利が与えられる世界を書いている。少子化対策として導入された制度である。男も手術を受けて「産み人」になれる。この世界では、「産む」という営みが性を離れて、殺意と結びつけられている。つまり医学の進歩が、殺意によって人口減少に歯止めをかけることを可能にしたのだ。この小説が提起しているのは、「産む」営みがもはや医学上の問題となりつつあること、殺意はどこにでも存在しうることである。たしかに、僕たちはいまや殺意が充(み)ち満ちた世界に住んでいると感じる。村田沙耶香の小説は気味の悪いテイストが持ち味だが、それは現代社会に挑戦状を突きつけているからであって、提起する問題の大きい秀作だ。結末は希望を思わせるが、そんなセンチメントはなくてもよかった。
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