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2014年3月20日 (木)

外狩雅巳「大地の記憶」への意見

 外狩雅巳「北の大地」は、行替えがうまくいってないという読者指摘があった。たしかに、一部の行折れを直すと、それが後の方に関連するのに気がつかず、なかなかうまくいかないものだ。そこで、関係がないところで、内容形式に疑問がでた。
 この書き方の視点であると、大将同士の目で流れを追うので、小説的な視点ではないような気がする。歴史的な経過を追随した歴史書に色をつけたように感じる。解説もまた郷土史探究家のようなものである。
 ここは、まず主人公を軍勢の小頭のようなリーダー格に設定し、その身の上から読者の共感を誘うような手法が必要であろう。伊佐西古や伊治砦麻呂の配下の軍勢として、どのような立場で軍隊に加わったのか、その事情を語り、どのような気持ちで戦っているのかを――想像力をもって語る必要がある。
 たとえばAという山村の長、Bというサンカのような山の民という立場の異なる小大将が、それぞれの事情をかかえて、東北の権力者に従軍したことを説明するようでないと、身を入れてどこに注目すれば良いのが、わからない。山の民は、熊や鹿との狩猟で、独特の闘争感覚で肉弾戦につよく、顔に熊の爪痕があるかもしれない。農耕民ならば槍や刀の武具の扱いが巧いとか、人物像を作らねばイメージ化ができない。
 この二人は、どれだけの敗戦のなかにあっても絶対に生き残ることが前提である。歴史時間で、主人公の寿命が足りない場合は、その子供に登場してもらい、話を続ける必要がある。それとも、全体の歴史のはじまりがあるので、戦いの一場面だけを描き、その後を歴史的に説明して終わらす方もありか。

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