同人誌「季刊遠近」第52号(東京)
【「兄の恋人」難波田節子】
主人公の私には、兄がいる。四人家族だったが、父親は他界している。私は、母親が愛している兄が恋人を作るたびに、兄の面倒なことの手伝いをさせられる。話の前後に父親と母親の出会いから、その恩人に対する父親の人情あふれるエピソードが入る。
これは古き良き時代(と今は思う)日本の絆の強かった社会構造へのオマージュであり、同時に、愛に姿を変えた絆の強さ、その奪い合いの構図を示している。特に後半で、私が兄が二人目の恋人と濃厚な絆を確認して、心を乱すところは、まさに兄が私の恋人であったことを示して力が入っている。日本社会は、お互いの存在を奪い奪われる関係で、承認しあってきた。
兄もまた妹を所有する絆をもっている。「私」が昔なじみの男と結婚すれば、おそらく妹を奪われたと思うことだろう。もともと兄は、恋人を誰かから奪っているのだ。私の存在を誰かに奪われて何が悪いということになる。
こうした絆の関係を明確にテーマ化するなら、双子の兄妹に設定した方が良いのであろうが、作者はそうした刺激的な設定を避けているようだ。穏やかな作風で、幾分か損をしている傾向がある。現代の「絆」という言葉のバーゲンセールのなかで、それが本当は何であるかを示した一石であるように思う。「
紹介者「詩人回廊」北一郎
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