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2014年3月13日 (木)

同人誌「相模文芸」第27号(相模原市)

【「アクシデント(墜落)」宮本肇】
 これはC―46という米軍から自衛隊に譲られた軍用輸送機が故障で墜落する。乗員のただ一人だけが助かったという。そこで、なぜ助かったのかというところに話の重点を置いている。まず読者を面白がらせようとした創作意欲に満ちたものである。しかし、作者の追求する面白さと別のところに面白さをがある。まず、民間人軍人を問わず乗ることが許可されたら、事故などアクシデントが起きたら、自己責任とするという誓約書を書く。ここで米兵、自衛隊員、民間人が計13人が乗り込む。それから離陸して飛行するまでが、詳しくリアルに描かれている。面白いのは、このようなことが、行われているとすれば、軍用機であれば必要に応じて、米国の軍用飛行場まで行き来することが可能であるという推測ができることである。
 話では軍用機は洋上で墜落し、主人公のみが助かる。主人公は、事前に墜落しても死なないコツ知っていたから、というSF的な小説になっている。奇談である。問題点といえば、墜落して絶体絶命のところをどのようにして、脱出したかの過程がない。読者が一番読みたいのはどのようにして、そうなったかである。映画「ダイハード」なども、実際にあり得ないことで、危機を脱する。人々はその嘘を楽しみたいのである。そこがずれているところが面白い。
【「あの日あの時」吉野さくら】
 このエッセイの優れているところは、まず初めに自分がこれから何を書こうとしているかが記されていることである。そのため、そのことかと思いながら、先に進める。これから何が出てくるか解らない書き方をされると、(予感さえない)まず何か読む義理でもない限り読まないものである。
  ここでは、記憶にあるものを書きとめて「生きてきた」という感慨を深くしようとするのだとある。まさにエッセイの本質をとらえている。
 その書いておきたいことというのは桜の季節の「茶室披き」である。庭の様子などが描かれている。蹲(つくばい)のある日本庭園のお茶会の典雅なひとときを思い起こす。そして、今はマンションの一角に暮らしてそれを思い起こすという、大きな落差を設定している。なかなかの抒情派である。短く軽く書いているが、当時の記憶と時間の経過をたどっていけば、長い文学作品できる姿勢が感じられる書き方と素材である。
【「万朶の桜」外狩雅巳】
 本作はネット「作家・外狩雅巳のひろば」に掲載したものを推敲したもの。最初の章で、中国大陸で戦闘する部隊の話がある。次章で、東日本大震災をきっかけに、母が亡くなりその一周忌に子供たちが集まる。そこから、軍曹であった父親から教えらえた「万朶の桜」 の歌を思い起こす。
 これで、前段の戦闘場面は父親の体験を想像したか、聞かされたものだとわかる。繋がりのない話を並べるという手法は詩の形式であり、散文詩である。その効果はよく出ている。
 ちなみに岩成達也「詩の方へ」(思潮社)によると、詩の特徴は、言葉、抒情、行分けによって、「異なる意味を創り出す」「概念の束をつくることで散文になる」「抒情は感受性に訴える」「行分けは散文でないという記号」「連続しているとは限らない」「読み手の洞察力を期待する」「第2の意味の概念をつくる」--
という要素があるとしている。小説のように読めて、じつは散文詩であったーーという作品への挑戦と読める。
紹介者「詩人回廊」北一郎

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コメント

詩と散文の違いは微妙なもので、これを追求しようとする外狩さんの朝鮮と探究心興味あります。成功を念じております。(* ̄ー ̄*)

投稿: 根保孝栄・石塚邦男 | 2014年3月26日 (水) 21時05分

外狩さんの戦争もの、歴史もの興味ありますね。( ̄▽ ̄)

投稿: 根保孝栄・石塚邦男 | 2014年3月14日 (金) 01時49分

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