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2014年2月 4日 (火)

外狩雅巳・歴史小説「大地の記憶」(5)傲慢と略奪

「とまれ・とまれ。深追いするな」分断された大和軍前衛は円陣で防戦し、後方の軍は散を乱して敗走する。
「アザマロ、さらばだ」留まる蝦夷の中から抜き出た五十騎と徒歩の兵百五十。河に向かって突進する。彼らは皆、敗走する官軍と同じ単甲冑と兜、そして蕨手刀である。
「あの者たちに生き残る道はない」
 入間広成の退却を守る五百継と兵たちは岸に伏せ矢を番え剣を振り上げて決死の面持ちで待ち受ける。
「犬め、大和の犬は死ね」
「死ぬのはお前らだ裏切り者め、上毛野一族の恥晒者達に帰る土地は無い」
 岸辺で繰り広げられる死闘、大和に従うものも討たれるものも武蔵の民である。広成は既に対岸に着いた。
 「大盾を仕留めたお前だ、蝦夷の星として胆沢を守るのだ」イサシコの残した言葉を胸にしまい込む。
 道嶋の大盾を討ち、多賀城を炎上させ胆沢侵略を中断させたあの日。アザマロには道は一つしかないのだ。
「物見の死は無駄ではなかった」
「ここで河を渡ると岸から知らせ斬られても我らに勝ちをもたらしたのだ」
 配下の兵たちの喜びの声。円陣を崩されて川に敗走する大和軍の絶叫。完全な勝利が広がっている。
「村を焼かれ、妻子を殺されての勝ち戦だ、これで大和に我らを認めさせれば阿弖流為様の思う壺だ」
「いや、そうはなるまい。紀広純を戻したが大和は吾を許さず紀古佐美の軍が来た。戦うしかないのだ」
 配下の兵と言い交わす。夷を以て夷を制す大和の仕打ちは充分に知っていたが、立たねばならぬ時もある。
 伊治郡大領として大和の手先を務め献身した。伊治城建設にも郡民を挙げて土木工事に邁進したのだ。
 それなのに、要領の良い大盾に手柄は攫われた。彼の叔父は中央の高官である。陸奥守も親戚である。
「蝦夷の子は蝦夷。卑しい血は争えぬものよ」祖父と父とで築きあげた地位に血筋の誇りがある。土木作業員ごとき、との蔑視がある。
 大納言広純の前で屈辱の嘲り、多賀城の政務を取り仕切るその傲慢さ。古くは道嶋とて蝦夷ではないか。
 夜中に密かに配下を集め反乱は成功した。寝入りに襲われ半裸の大盾を逆さ吊りにして首を刎ねた。
 広純は都の貴人。帝に叛意の無いことを伝え逃がしたのだ。陸奥から手を引かせようと多賀城は焼いた。
 甘かった。結果はこうなった。阿弖流為の考えに従い戦勝しても我ら蝦夷の自由な生活は得られまい。
 吉弥候部伊佐西古は蘇我氏の部の民、岩代で使えていることが出来なかったのか蝦夷の血が騒いだのか。
「上流でも逃げ帰っている。打ち取らぬとは惜しい」村を焼き略奪した一軍も鎧を捨て泳ぎ逃げてゆく。
■参考≪外狩雅巳のひろば

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