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2014年2月18日 (火)

外狩雅巳氏(投稿)文芸同人会[文学市場]について

 昨年に続いて「自分説話」を連載しています。父に暴力で追い出されたり、過激派革マルで闘争したり、労組を立ち上げたりの半生でした。順を追って記録風や掌編小説風等で発表予定です。≪参照:続・外狩雅巳の自分説話>ここでは、中年時代の同人誌体験の一部を先に述べます。
 それは、文芸同志会通信「作品紹介」で文芸誌[さくさく]の作品評が掲載されたのを読んだからです。
 「相模文芸クラブ」は14年前「慧の会」を解散して一部会員と相模原市地域での知人とで結成しました。そして「相模文芸」に加入しない会員中の数人は「文学市場」に加入しました。そのいきさつと「文学市場」について書きます。
 二十年近く池袋勤労福祉会館を拠点に「慧の会」を主宰しました。その終盤に「文学
市場」と知り合いになりました。同じ会館の隣室を使用していました。紙誌交換を行い、交流を続けました。当時から会長は坂本良助さんでした。
 「慧の会」を先輩同人会として立ててくれました。会員同士の交流もありました。この会は37号で終わりました。
 妻の実家に借家住まい中の私が相模原市に家を購入した為です。当初二年ほどは月二回の会合ごとに池袋まで通いました。
 高齢になりきつくなりました。年金生活者目前で考えました。地元で老人たちと文芸趣味を楽しむことにしました。先ず、同人誌「相模文芸」を立ち上げました。同人誌文学未開地なので活動確立に三年ほどかかりました。六号になりました。「相模文芸」が軌道に乗りましたので「慧の会」を解散しました。現会員の登さんなど六名が相模文芸に加入してくれました。
 会員十七名中の五名ほどが「文学市場」に加入しました。その他の慧の会会員は各地の同人会で行動しました。坂本良助さんと登嘉久さんは「文芸学校」の講師をしています。ここは[新日本文学学校]の後身です。
 池袋在住時は私も妻も中野の「新日本文学」学校で学びました。卒業生には多くの作家や詩人がいます。かつては政治的立場が明確で思想性のある作品を教材にしていましたが今は傾向も薄れています。
「さくさく」はそれから二十年間を休刊もなく年三回の発行を守り続けています。毎号送られて来ます。坂本さんは奥さんと共に会運営と雑誌発行の中心となり活動しています。作風も一貫しています。機会があれば池袋で逢って文芸談を行いたいと思っています。登さんも入れて現代文学状況を語り合いたいと思います。
 年齢も近く、同じ昭和後期を働きながら文芸に親しんできた仲間です。状況への鋭い見解もある御二人です。今回の「作品紹介」を読み懐かしさがこみ上げました。近々連絡をし暖かくなったら上京しましょう。

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コメント

( ̄▽ ̄)外狩さんのリアルな自伝的な話は、それだけで<文学>になります。いい作品ですよね。
体験が強みですね。頑張ってください。期待してます。

投稿: 根保孝栄・石塚邦男 | 2014年2月19日 (水) 02時53分

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