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2014年1月19日 (日)

外狩雅巳・歴史小説「大地の記憶」(3)東北の攻防

「夫れ兵は拙速を貴ぶ、と叱責されたとか?」
 長く伸びた隊列の先頭を見つめる広成に脇の将が問いかける。
 北上川の急流を渡り切った部隊からの先陣二千名は既に前方の林に入り込んでいた。
「坂東の安危この一戦にあり、将軍宜しくこれを勉むべし、と勅旨を受けた時は喜色満面だったがな」仁成は答えて更に続ける。
「いつまでも五万の兵を岸に留めて己は多賀で遊び惚けていては当然よ」
「で、仁成様の出番に?」
 抜身の蕨手刀を持て余しながら浮軍の長・道嶋御盾が納得したように言う。知り尽くしているがここは仁成を立てている。
「道嶋殿は山手の賊の村を焼き尽くしながら行かれよ」
 副将軍の一人として入間広成は先陣を率いている。大将軍と都人達は多賀城から動かない。天皇からの叱責を受けようやく四千の先陣を渡河させ蝦夷の集落を焼き絶滅させる事になった。
「五百継どの広成様の守りを任せるぞ」渡河の先陣をきった大友五百継に一言残し御盾は行く。
「あれも道嶋一族よ、やがては陸奥の一角を仕切り、外位も受ける身だ、やる気満々よ」
「女子供も焼き尽くし蝦夷には戻れまい、ならば、命がけで戦い身を立てる」五百継は言い切る。
 入間郡内四郷、一合平均三里、一里五十戸。一軒から男一人、六百の兵が直属の部下である。大切な働き手が無ければ今年の収穫が心配だが蝦夷征伐は国家事業だ。報奨も多いはずである。
 昇る朝日に向かい隊列が進む。やがて山手の各処から煙が上がる。虐殺と略奪が始まった。
「[何事だっ」はるか先頭で喚声がする。間もなく、伝令が駆けてくる。
「敵は約千余り進めません」
「丈部善理さまが討たれました」
「会津壮麻呂さまが苦戦しています」前線で戦いの火ぶたがきられた。
「とまれ止まれ、岩の裏に馬を隠せ。ここで迎え撃つぞ散れ」アザマロが叫ぶ。「頼むぞイサシコ、命を惜しめよ」
「来たな、犬ども、阿弖流為様の謀に嵌るぞ、一人残らず生きて返すな」森の奥で官軍の隊列を待伏せるイサシコ。
 先ず、八百が先頭から挑む。続いて二百が伸び切った途中を切り裂く。そして後方から三百の追い討ち。
 包み込まれた官軍がうろたえる。毒矢を使う蝦夷。かすり傷でも痺れて戦闘力を無くす官兵たち。
「まるまれ、まるまれ、仁成様を囲むのだ。なんとしても仁成様を討たすな」
 絶叫する五百継。浮足立つ官軍。
■参考≪外狩雅巳のひろば

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