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2013年10月20日 (日)

「わが進化論」清水省吾 ~~~江 素瑛

わが進化論    清水省吾

いつ からか/手足が痺れ わたしの腕や脛がちぢんでくる/おまえの手足は老衰し/魚の胸の鰭から 進化した上肢の手/魚の腹の鰭から 進化した下肢の足/おまえはいま先祖がえりしようとしている/閉じた鉛のレントゲン室をでると/整形外科の電気器具が わたしの鰭の咽喉笛をふるわせ/腰の骨にあたる尾鰭を引っ張り/電圧の帯がわが背筋を曳き伸ばす
夏の土用稽古に 冬の寒稽古に/硬い樫の木刀を振るったわたしの腕は/シーラカンスの 胸鰭を腕にし 腹鰭を太腿に仕立て/デボン紀から白亜紀に/わたしが育成し 進化させてきたものだが/海洋から陸上への這上がる 鰭類の一群に/先祖がえりしている
わたしを透視したMRが/磨耗した脊椎の《滑り症》を鮮やかに写しとる
標高三千メートルの氷雪に埋もれていた/アイスマンの肢体から《脊椎滑り症》の痕跡がみつかり/何者かに追われている症状がわたしと似ている/なにを食べていたのか 胃袋の残物を 腸内を/着ていた狩猟による毛皮の衣類から/数百を採取して/先人からの進化を解明しようと
研究員は全長1.5メートル古代魚の解剖から/ときめきを止めたシーラカンスの/小さな心臓を持ち帰る
詩誌「幻竜」第18号より(2013 年9月 川口市 幻竜舎)

読み人・江素瑛
 古代の大昔の人間を含めて生物の姿を今に残されたているものは自然死で、自然氷凍などしたものが多い。将来研究学者に今の人間のサンプルを求めたいのなら、骨壺か骨灰塵から探さなくてはなりません。
作者の進化のイメージは、時間がターンして胎児に戻る魚のようです。ちぢまっている老人の手足。子宮の羊水に浮かんでいる胎児は短い手足は、胸腹鰭のようになっている。療養病棟に見る手足がちぢみ、脳が血管神経障害に犯され寝たきり老人患者ばかり。「お前は先祖がえりしようとしている」どころか、胎児に戻ろうとしている。いくら宿命から逃れようとしても、神さまから与えられるものはいずれ取り上げてしまう・・・・。
■関連情報=
「詩人回廊」詩流プロムナード

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