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2013年8月24日 (土)

時代に流されて~外狩説話とサブカルチャー

  「引きこもり」というと、戦後世代には、単なる弱気、怠け者という理解しかできない。それが宇野常寛によると、1995年以降、ゼロ世代は、親のいうことに従って、世のために何かをしようとすると、オーム真理教のテロ、9・11テロのように誰かを傷つけてしまう。行動しても無駄だ。迷惑をかける。引きこもって何もしない方が良いーー、という雰囲気がでて、それがアニメ「新世紀ヱヴァンゲリヲン」の物語設定に影響しているーーというのだ。
  その後は、「でも、周りの状況が変で、悪いからといって何もしないわけにはいかない。その状況を認めたうえで、世の中に打って出よう。たとえ他人を傷つけようとも、戦って勝ちぬいてやる」という精神を反映させたのが「バトルロワイヤル」や「デスノート」で、これを決断主義と称している。――世相の反映としてのサブカルチャー解釈である。
雑誌「文学界」2013年9月号に第149回芥川賞受賞記念エッセイとして、「傷つくことと傷つかないこと」を藤野可織が書いている。曰く「粗雑であるよりも鋭敏であることが、無神経であることよりも神経が繊細であることが、気付かないよりも気付くほうが、傷つかないよりも傷つく方が、尊重されてきたような実感がある。」――まさにここにゼロ世代の価値感が見られるのだ。サブカルチャーの動向の反映とよめる。
 では、日本的な本カルチャーというようなものは、いつどこで生まれたのか。それが、いまメディアを騒がせている藤圭子の時代だと思う。(十五 十六 十七と/私の人生 暗かった)~いつの時代でもこの年ごろは自己否定の不幸意識が生まれるようだ。私自身、そういや、そうだったな、と思う。長男で家に金を入れないと家計が成り立たなかった。しかし世間では親のスネをかじっているとみられていた。学校を休んで父親を手伝った。学校は先生の温情で、中学も高校も卒業できた。それでも全部暗いかというと、そうでもない。あんがい呑気で、自由さがあったような気がする。家の事情を優先するから、友達と付き合いがない。もとから仲間はずれになる立場であった。こちら≪「詩人回廊」の外狩雅巳の庭≫のような境遇もある。<夜間高校も無事卒業し21歳で國學院大學二部に入学しました。前途に夢を抱きました。>とある。私も同い年で21歳、1963年に法政大学第二経済学科(夜間部のこと)に入学している。大学の費用はアルバイトで稼ぎ、家にも全を入れていた。大学紛争などものともせず、学問してやると意気込んでいた。同時代のエリートに柄谷行人がいたようだ。NAMとか、地域通貨Qなどいう社会実験をしはじめる。、『トランスクリティーク カントとマルクス』という厚い本がある。私は読んだ。彼のスタイルの継承を志したのが東浩紀だといわれている。
 藤圭子のデビューした昭和44(1969)年は、断絶の時代といわれた。大橋巨泉の年であった。「お笑い頭の体操」や禁「11PM」の司会者をした。そして、このCMが放映された1969年に始まる「前武巨泉のゲバゲバ90分」の司会をした。そして宣伝業界に革命を起こした。パイロット万年筆のTVコマーシャルで、「みじかびの きゃぷりきとれば すぎちょびれ すぎかきすらの はっぱふみふみ」といったあとで、巨泉は「わかるネ?」というのをやった。その後、植木等が「なんであるアイデアル」をヒットさせた。この時代に日本特有のカルチャーが生まれたと思う。

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コメント

┐(´д`)┌ヤレヤレ作家なんて<引きこもり>の典型だろう。
引きこもらないと作品を書けないものだ。
bearing
作家は<躁>か<鬱>かである。
鬱病も躁病も作家にとっては名誉ある称号だ。

投稿: 根保孝栄・石塚邦男 | 2013年8月28日 (水) 02時55分

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