詩の紹介 「帰郷――石原吉郎に」郷原宏
帰郷――石原吉郎に 郷原宏
そこに立つ/そこに座る/そこにうずまる/川を見る/ただ川を見る/風を聴く/ただ風を聴く/なにも考えない/あるいは/なにも考えないことについて考える/そこがあなたの位置/そこがあなたの姿勢
その川はアンガラ河の支流/アンガラはバイカル湖に源を発し/凍原を貫いてエニセイ河に注ぐ/ユニセイは北流して北極海に至る/北極の氷は溶けて日本へ流れる/川のほとりでその海を見る/海を流れる川を見る/何も望まない/あるいは/何も望まないことを望む/それがあなたの条件/それがあなたの姿勢
そして八年/窓の外でピストルが鳴り/待ちかまえた時間がやってくる/川はあふれて岸を浸し/風は渦巻いて脊柱をめぐり/馬たちは空洞を走り/クラリモンドは自転車にまたがり/ロシナンテは故郷をめざす/最も善き人々をあとに残して/それがあなたの沈黙/それがあなたの耳鳴りのはじまり
「郷原宏詩集」より(2013年5月30日,東京・土曜美術出版販売)
紹介者・江素瑛(詩人回廊)
戦争中シベリアに八年拘留、肉体的強制労働に従事させられた石原吉郎の精神につながる詩です。その苦難時代に体現した、望郷の情念を胸に収めては川の流れに連れられて帰郷する想い、「そこに立つ/そこに座る/そこにうずまる/川を見る/ただ川を見る/風を聴く/ただ風を聴く」と詩が流れていくなか、「その川はアンガラ河の支流/中略/北極の氷は溶けて日本へ流れる/川のほとりでその海を見る」どうにもならない放心状態の石原吉郎のその時代にとって唯一の欠かせない存在、位置を確認しています。
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コメント
Σ( ゜Д゜)ハッ!石原吉郎は私の一番敬愛する詩人。
「人間像」182号に「石原吉郎論」80枚掲載してます。作品解析を中心にした論考ですが、無論、彼の精神形成とかかわるものです。
石原吉郎のエッセイ集「望郷と海」はエッセイ集として戦後もっともすぐれたものと思ってます。
一年に一度は読み返す数少ないものです。
投稿: 根保孝栄・石塚邦男 | 2013年7月 8日 (月) 09時40分