コメントへの応答
西田さんのコメントに「柴田錬三郎、安岡章太郎、山田風太郎、僕らはどこかに小説のおもしろさを置き忘れてきたのでしょうかね?」とありました。安岡章太郎が面白いとは、相当の文学オタクですね。そうなのです。大衆が面白いと思うものが、細分化してきているのです。
古書を販売する友人の話ですと、少し前までは、松本清張、柴田錬三郎、山田風太郎をおけば、店頭で必ず売れたそうです。この人たちこそ天才で偉大な作家だ、といっていました。そして困るのが、持っている本がもったいないと、素人がヤフオクで10円で販売してしまうことだそうでした。営業妨害ですね。さらに、腹を立てていたのは、テレビ特集などでなんでも判り易く簡単に専門分野のことを解説し、わかったような気にさせてしまうので、本物の専門書が売れなくなったことだそうです。これは偽の教養であると言っています。
こうした現象を経済マーケティングの視点で見ると、時間消費型産業のなかで、消費者の時間消費配分が、変わってきて、読書時間が減っているのです。衰退産業になった分野に逸材は出てきません。それと世界が英語圏にあるため日本語文学は市場が小さいのです。
日本語を世界共通語にすれば市場が拡大し、作家は年に一冊本を書けば優雅に暮らせるようになり、有能な人材が集まるのではないでしょうか。日本人はタダで小説を書くほど、書き手はいます。コンテンツの宝島です。中国がどうの、韓国がどうのという前に、日本語を世界語にすれば、文化的な世界制覇ができます。天下統一から、世界天下統一ができます。アメリカ人の作家や俳優は、日本のためにだけ本を書き、映画を作っています。流石ですね。日本は文化的な市場では、アメリカより大きいのです。アメリカといえども大衆層に文化人は少ないのでしょう。
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コメント
日本の漫画は世界経済の中心にあるのに、日本文学は鎖国の中に閉じこもっている。
翻訳技術の普遍化が日本文学のグローバル化の鍵ですよ。
春樹文学の成功が未来を暗示するヒントです。
投稿: 根保孝栄・石塚邦男 | 2013年7月20日 (土) 23時16分