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2013年6月15日 (土)

「意志」 崔龍源

意志  崔龍源

風に吹かれていても/かなしいだけだ 風といっしょに/行き着く場所などありはしない/いやいつもおれは岬の突端にいる/ぎりぎりのところに立って/飛ぼうか それとも踵を返そうか/迷っているめまいしそうな/きりぎしの上父の骨の灰を/まいたこともある 父から/受け継いだ恨を断ち切ろうと/人知れず泣いたこともある/植民地史を読みながら 国籍が/日本であることを恥じたことも/岬の上の松のように 歪曲して/おれのこころはあるようだ/進むにしても海/父が渡って来て 敗れた海/郷愁に身をまかせても/コリア・モッポ・ゲンカリ面までは/泳ぎきれない 戻るにしても/日本の土 償いもなく/しているすべてをうやむやに/この国のかたちを憂うるほかはなく/海を前にして おれは立ち尽くすしかない/枯れたあら草のように/おれの存在は病んでいるようだ/岬の突端で 妻のなかの/潮だまりを恋いながら/アリランを口ずさみ うさぎ追いしと/うたいながら/寄る辺ないもののように/風に吹かれているほかはない/迷いのなかにとどまるのではなく/つねに引き裂かれている意志を/巻き上げるために
季刊「コールサック」75号より (2013年4月 東京都・コールサック社)

紹介者・江素瑛(詩人回廊
韓国の日本植民地時代の父親から痛恨の血が受け継いで、二世の平和のなかに日本生まれのようで暮らしている。どうやって自分のこころの矛盾と彷徨を取り除くか、一生抜けることができそうもない。代々伝わっていくのか憎しみは。「おれの存在は病んでいるようだ」と立ち尽くす詩人。はたして、この世間に、健康な存在者はいるのか。政治などに利用され、まさに国際の間、民族紛争の種である。難しい問題を作者が、大勢の同じ境遇の二世達に発信したのでしょうか。しかし時を経て難しさが薄まるのはいつのことでしょう。

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