文芸同人誌「海」87号(いなべ市)
【「浄水場にて」国府正昭】
教師らしい「ワタシ」という語り手が、うつ病かなにかになり、片田舎の浄水場に一時的に職場替えになった。出だしのあたりは地方公務員労働者小説のようだが、どこか現実批判的な皮肉な語り口である。その仕事場の退廃寸前の雰囲気が作者の視線により具体的に描かれる。そして、物語の最後に彼らは、天罰のような災害に襲われる。何でそうなるの? 何か悪いことでもしたのか? それを読者に問いかける。知的な満足度を得られる作品で、大変興味を惹かれて読んだ。
【「目白」遠藤昭巳】
思春期の交際相手の彼女との縁で知った庶民の自由人の男の末路に出会い、男の放蕩者としての人生のはかない部分を語る。彼女への隣人愛と同化した純愛をほのめかす語り口で、詩情の漂う叙情小説。まさに詩因のある散文の見本のような作品である。話がそれるが、先日「新田次郎賞」の授賞式のために神戸から作家・詩人の伊藤桂一ご夫妻が上京した。そこで同人誌「グループ桂」の有志が集まり、短い時間だが懇談をした。そのときに千代美夫人から詩誌「花筏」の編集を遠藤氏が行うことになったという話が出た。本誌の後書にあるように遠藤氏は中部ペンクラブ講演があって、多忙で打ち合わせ時間を調整するのに苦労されたようである。本作品も清澄感のある詩的散文で、詩人としての特長が良く出ている。
【「芥川龍之介の死をめぐって」間瀬昇】
芥川龍之介の自死の原因について、よく調べている。要するに自死するということは、備わった生存欲が喪失するという精神疲労性神経衰弱である。本書ではそこを、芥川には独自の死生観があったという視点で資料を集めている。私はロシアのミステリ作家アクーニンを知っていたが、グリゴーリイ・チハルチシヴィリという名で「自殺の文学史」という本を出しているの知らなかったので参考になった。こういう評論を短く書くのは難しく、それを巧くまとめている。欲を言えば、お上品でジャーナリスティックな面が足りないということか。
私の母も精神に変調をきたしてたが、なんとか普通の人生を過ごした。医師から病名を告げられ、病院を紹介された。そのとき、19歳ごろだった私はなんと思ったか、「気をつけないと、おれは芥川のような天才作家になってしまうかもしれない」ということである。ある時テレビで芥川・直木賞の受賞作家を報道して騒いでいるのを観た。隣にたまたま義母がいた。私は「あんなふうに人に騒がれると近所の迷惑だし、日常生活が不便で自由がなくなる。そうならないように気をつけなければいけませんよ」と、いったそうである。それを聞いた義母は妻に「あんたの亭主はとんだフーケ者だ」と言ったそうである。フーケ者の意味は知らないが、褒めた形容詞でないらしいことは私にもわかる。そのおかげで、芥川より2倍くらいは長生きをしている。
発行所=〒511―0284いなべ市大安町梅戸23
紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一
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