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2013年1月24日 (木)

インド旅行で作家開眼した直木賞受賞作家・安部龍太郎氏

 歴史長編「等伯」で直木賞受賞が決まった安部龍太郎氏(57)が、 松原忠義大田区長に、直木賞を受賞した著書を贈呈したことが東京新聞1月24日付に報道されている。
 安部龍太郎氏は、1977年~85年大田区区職員として下丸子図書館の勤務をした。当時から創作活動に取り組み、今も区内に住んでいる。その縁である。
 私は10数年前、「血の日本史」で作家の地位を確立したばかりの頃の安部龍太郎氏と会っている。たまたま多摩川の川筋の変化につて調べていて、下丸子図書館に行った時に、それなら作家の安部龍太郎氏がくわしく、その日は大田区の安部氏の読者ファンクラブの会合で来ているというので、そこに出席させてもらった。
 その時に言っていたのが「インド旅行をしたことで、物の見方が変わり作家開眼のきっかけとなった」ということだ。わたしは「もうひつ飛躍のできない作家はインドにいくといいらしいな」と思ったものだ。
 その時は、自宅のマンションは狭くて資料が置ききれず、静岡の辺鄙なところの1軒屋を借りて、そこに資料を置いて執筆しているという話をしていた。
 安部氏の作家修業は、同人雑誌「文芸おおた」での活動と公募であった。区を退職する前の5年間、異動を願い出て下丸子図書館に勤務し小説を書いていたという。
 現代小説を書いては新人賞に応募していたが芽が出なかった。1983年に図書館近くの新田神社の由来を探り、区職員の同人誌「文芸おおた」第14号に発表した「矢口の渡」が転機に。新田義貞の次男で、南北朝時代の武将、新田義興(よしおき)を題材にした。
 それを新潮社の新人賞に応募したところ、受賞作にはならなかった。
 しかし、わたしの記憶では、編集部では才能を感じて、それを雑誌に掲載したのではなかったと思う。その時以来、新潮社の担当者は安部氏の才能を評価していて、なにかと機会があれば週刊誌の記事用として執筆を依頼していたのではないか。
 そして、週刊新潮に「血の日本史」という読み切り短編を書く機会があって、それが大好評で継続し、ついに長編連載となって、売れる歴史小説作家なったと記憶している。
 ちなみに全作家協会の豊田一郎会長も、新人賞の選に漏れたが、作品が雑誌に掲載された経歴をもつ。すると作家の実績があり、新人賞に応募しても外されたようだ。

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