文芸同人誌「海」第二期8号(福岡市)
【「フェリーツェの愛」牧草泉】
主人公は女性で、「私」は恋愛関係にあった男性から突然別れを言われ、別れたのだがその理由がわからない。すると彼女の友人がそれは、カフカにはフリーチェという婚約者がいて2度も婚約したのに結婚はしなかったという。そのように彼女の恋人がカフカ的だからそうなったという話になる。カフカの人生解説をするための小説のようだ。
【「鼠の告発」有森信二】
これはまさにカフカや安倍公房の手法を彷彿させる良くできた小説。大学の准教授が学校に人権侵害されたと思いこむ。それで法務局に告訴したため、その筋からの調査を受ける。大学側ではそれに対応をするために事務局と教授連がいろいろ苦労をする。大学の組織を良く知る書き手の筆力で、いかにもありそうに書く。大学のあたふたする様子を、それが批判的でもなく、同情的でもなく冷静に描くので「そりゃ、大変だろう」と思い、なんとなくおかしい。
もともと告訴した准教授がすこし自意識過剰で変らしいのだが、言うことがもっともらしいので、それに困らせられる様子が具体的で巧い。物語が終わらないで終わる円形回帰的結末でよく完成にこぎつている。なかなか、前衛味があってすすんでいる。こういう味を意識的に出せるには、相当作家的な腕力を身につけているようだ。同じ作者が「文芸漫遊記」(一)を掲載していて、それも面白く、いろいろな作家の講座を受けた経過が記されていて、書く意欲がにじみ出ている。こように書く題材によってスタイルが決められるというのは、学んだというより、努力か才能か、本人独自のもののようだ。器用なのかも知れない。未知数の可能性を感じさせて興味深い。こういうのを読むと自分は怠け者と思う。
【詩「盈」月岡祥郎】
生活ではまず人に表現しない意識の流れ「何をしていても昔から」「漠然と遠くをみていたようだった」としながら、自意識のもう一つの精神軌跡を語る散文的詩で読ませられる。
【詩「慟哭」「夢路」「旅愁」笹原由里】
リズムがあって、ぬくもりも熱情も、ほのかな味で詩らしい詩作品。短詩だが、抒情があって、長けりゃいいということではない。感性が詩人。
(紹介者「詩人回廊」伊藤昭一)
最近のコメント