詩の紹介 「声波紋」原かずみ
「声波紋」 原かずみ
「もし もどれるなら/ あの日の午後三時にもどりたい」/その十五分後の津波で/娘をさらわれた女性は言う
光の束はねじ切られている/したたるものの後ろに横たわる/白い闇
「もし」と問いはじめた時から/人は漂い出している/暗黒のかなたに/鈍く光る/時間のぬるみ/透明な石のうちに封じ込められた午後三時
無数のパーツが/呼ばれるのを待っている/拗ねた耳/知りたがり屋の踝/クラッシュする矮星の静寂/赤い火で焼かれている新しい星
「もし」と問い続ける人たちの/絹糸のように細い声が/宙に波紋を広げる/交り合い/複雑に真空を揺らしながら/今/わたしの底をさらっていく
原かずみ詩集「光曝」より 2012年8月(土曜美術社出版販売)
紹介者・江素瑛(詩人回廊)
娘をさらった「白い闇」。津波は午後三時に来て去る。拒否できない時間の流れを拒否しようとする人のこころ。
望みと悔やみと諦めの心理が潜む「もし」の言葉の向こう側に、情念の重さが深く大きく広がっています。人の細い声はいかにも無力である、耳を傾け聞いてくれる神さまは、どこかにいる、きっとどこかにいると思います。
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