同人誌「奏」2012夏(静岡市)
【「小川国夫『枯木』『あじさしの洲』草稿考」勝呂奏】
小川国夫の原稿の推敲のあとを丹念に追って、短編小説の完成度を高める手順が示されている。島尾敏雄に取り上げられて世に出る元になった私家版「アポロンの島」に収録した「枯木」の前段階の元原稿が藤枝市文学館にあるらしい。「枯木」のモチーフになっている聖書の逸話はよく知らないが、「あじさしの洲」の河岸の風景描写の根気のよい推敲の繰り返しには、感服するしかない。
同人誌にはよく使われ、わたしもよく使用するもので、このテキストにないもの。推敲では、「そして」などの接続詞を削除し、ほとんど使わない方向にもっていく。また、「その」という代名詞的なものも使わない。それから「など」と「それもなどの」の「も」。いずれも、冗長でイメージを散漫にする。
本編では、文章の品格のあがらないような表現を削り、格調高くするための変更などが散見できる。このへんは時代の感覚ではあるが、現在でも納得がいくところである。
「あじさしの洲」では、結局4稿までの推敲が示されているが、ただの風景描写でなく、死にゆく者の眼がどう見るかの選択で、風景として描くものを選んでゆく。小川の亡き後、こういう作家は、まだどこかにいるのであろうか。こういうのを検証して書く人も相当の文体追求マニアだが、小説はどう書いてもいいのだ、などといわれて迷う人などには、お勧めである。
発行所=〒420-0881静岡市葵区北安東1-9-12、勝呂方。
たまたま、新聞の記事に次のようなものがあった。
小川恵氏(78)『銀色の月』(岩波書店)は、2008年に80歳で死去した作家の小川国夫を妻の目から追想したエッセーだ。ファクスが普及する以前、静岡県に住む作家のところへは編集者が原稿を取りに来た。作品の完成を待つ彼らのため、魚の乾物やするめ、ねぎなどを七輪で焼き、もてなしたという。昼間は眠り、夜中に執筆をする夫を気遣い、日中は息子2人を連れて散歩もした。『アポロンの島』『ハシッシ・ギャング』などの名作は、静かな月光のような妻の献身により、陰影を深めた。(2012年7月31日 読売新聞)
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