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2012年8月24日 (金)

季刊「農民文学」298号(朱夏号)

【「二の糸 三番」吉井惠璃子】
 吉岡村という過疎化する現状に抵抗して、伝統と地域を守ろうとする大人たちと、その子供(中学生たち)の成長物語である。これは第55回農民文学賞の最終候補作品であるが、本作品が受賞してもまったくおかしくないものがある。
 農業は都会ではできない。いわゆる田舎の産業である。高校の進学も地域の学校よりも、外の大きな学校に進学したくなる。それも無理はない。
 そうした状況の田舎村意識から、いつしか卑屈になり、自己嫌悪にとらわれていた中学生の主人公が、神社のお祭りのイベントに三味線の伝統芸を急場で身につけ披露、村に活気を呼び起こす。地域住民と自己の存在に確信に目覚めて成長する。生徒と家族の物語がライトノベル風に書きあげられている。
 ライトノベルでも、書き方が軽いだけで、文芸であるので、テーマの重みがあれば通常の文学作品と変わらないことを示している。題材はこれまでに幾度も取り上げられてきたものだが、どのように書くかで、これだけ面白く読ませるという事例でもある。
【「九月二十四日の花束」林 俊】
 平凡に結婚して、平凡な家族関係で、特に情熱をもって結ばれたとは思っていない夫についての、深い愛情を表現したもの。普通に書けば、「私はどこにでも見られるありふれた家庭の主婦です」で終わってしまう話。これを意識の流れを追うというひとひねりした手法で、ディテールが光った心温まる作品。こういうのを読むと、同人誌って手法的に面白いのが載っている、と思わざるを得ない。これもどのように書くかで読ませる作品である。
【「野良の昆虫記その(十七)初蝶」飯塚清治】
 連載しているうちに「あれは面白くていいよね」という評判が高まって耳に入るようになった隠れた人気シリーズである。作者は「1日1行の農事日記を付けているが、それにツバメやジョービタキの初見や辛夷や木犀の開花などは記してあるが、初蝶をしるした覚えがない。今年からそれを書こうと、春への期待が高まった」と記す。こちらは都会人でまったく知らない昆虫の世界を知って驚く。また、知っていれば知っているで、改めて昆虫と人間との関係を発見させるに違いない。生き物との関係の再発見を促す。農業詩人の精神とはまさにこれである。
(紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一

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