【文芸時評】7月号 早稲田大学教授・石原千秋(産経6/24)
7月号 早稲田大学教授・石原千秋 事実を伝えるのでなく創り出す 松浦寿輝(ひさき)の東京大学最終講義「Murdering the Time-時間と近代」(新潮)に知的な刺激を得た。近代の時間概念を説明するのに、「物理的時間」を導入したダーウィンの進化論からはじめるのは常道だし、さらに社会進化論からマルクシズムへ進展したことを説くのも常道だ。映画が時間芸術なのも常識だが、写真のところへきて立ち止まった。一瞬をとらえる写真は、「時間の殺害」という「近代的な時間システム」にはあってはならない「異常事態」を引き起こしていると言うのだ。
明治期の小説は、進化論と写真というテクノロジーに翻弄(ほんろう)され続けた。特に明治時代の小説家は、写真が映し出す「世界そのまま」を文体の躍動に変えるのに腐心した。静止画像のリアリティーでは勝ち目がないことがわかったからである。そのことに改めて気づかされた。いま書いている明治文学論を書き直さなければと思った。
上野千鶴子「ジェンダーで世界を読み解く」(すばる)が5回目であっさり終わった。最終回は難解で知られるスピヴァクの上質な解説。こういう芸風にチェンジしたことに気づかなかった。解説として読めば、もちろんみごとだ。
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