詩の紹介 「廃線」大井康暢
「廃線」 大井康暢
寝静まった深夜/カーテンに洩れる光に誘われて/よく夢を見る/歳も八十を過ぎればいい夢ばかりではない/
昨夜も廃線の夢を見た/引き込み線に入ると土で固めた遮蔽物がある/列車の進行を食い止めているのだ/廃墟の感じがして何者かを拒んでいる
かつて輝いた美も悪も醜も/華やかな色も威圧的な鉄壁も失ったまま/石ころのように人生を無に/しようとしている
都市工場が増えた街角で/遊び疲れた場末の狭い裏通りや/野原に山積みされた大小の配管のまわりを/鬼ごっこで逃げ回った
郊外の夕暮れ時/目の前に一本の線路が伸びきて/野原の前で止まっている/引き千切ったレールの端で空に噛み付きそうだ
そんな線路の端から夕陽を浴びていると/空はアキアカネの群れで一杯だ/アキアカネが四方八方から集まり/たちまち思い思いに散ってゆく
急にあたりが暗くなり/冷たい風が吹きはじめた/アキアカネの尻尾も/一つ一つ見えなくなった
詩誌・田園151号(終刊)より(2012年6月1日 岩礁の会・三島市)
紹介者・江素瑛(「詩人回廊」) 作者の遺作の詩と思われる「廃線」。現役時代に華やかな線路にも秋風が吹くとなんとも言えない寂しさと虚しさを残し、暗示された人生の終焉を詩人は唄う。
「急にあたりが暗くなり/冷たい風が吹きはじめた/アキアカネの尻尾も/一つ一つ見えなくなった」
詩誌「田園」は151号で終刊になった。大井康暢さんー詩と詩評など著作多数、生涯一貫しての詩人です。入院4月26日、逝去は5月6日.82才(終刊付記より)
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