文芸時評4月号 早稲田大学教授・石原千秋 書かないことで書く
文芸時評4月号 早稲田大学教授・石原千秋 書かないことで書く(産経.3.25)川上未映子「お花畑自身」(群像)は短編小説。夫の会社が倒産して丹精込めて築きあげた自宅を手放さなければならなくなった50代の主婦の意識や思考の流れを、もちろん一人称で書いている。その家は31歳の作詞家に家具ごと買われるのだが、忘れられなくなった主婦は家に行き、水やりが十分でない庭に入って水やりをしてしまう。そこで、作詞家に「主婦のアイデンティティは家にしかないだろうが、強いて言えばどこか」という意味のことを問われた彼女は「庭」と答えて、それではと、庭に埋められてしまう。それがタイトルの意味だ。主婦の語りに50代の女性の生活感がないのは残念だが、文字の間から文字通り首までドップリ主婦に染まった女性への愛憎が立ち上がってくる奇妙な感覚はまちがいなくある。その感覚が誰のものかを言うことはできないのだが、川上未映子のスタイルが出来上がりつつあるようだ。その意味で、短編ながら読み応えがあった。
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