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2012年2月 9日 (木)

詩の紹介 「川を遡って」 内藤健治

「川を遡って」   内藤健治
川が流れていた/―中略―/この川を遡っていくと 山間に入る/―中略―/巨大な老木があった/老木は数百年を越えているらしい/台風あり、落雷あり、洪水あり、山崩れあり/さらには人の傷つけるものあまたありだが/樹は老いていない/時を待てば若葉をつける
マヌ法典には人間には四つの住期があるという/中略
一に学習/―中略―/伊勢町と助戸を隔てる袋川/他校の小学生とのつの突き合い/―中略―/水面を石できれいに切ってみせる/川は暴れん坊の学習の場であった/―中略―/今では川は暗渠になり 封じ込められ/その上は桜並木になっている
二に家住/川の近く そこに父が居 母が居た/姉が居たので近所の秋の女が語っていた泣きごとを聞くはめになったり/兄が居たので日常の奪いあいをしたり/―中略―/学校がえりの女性徒の冷たい視線にも耐えねばならなかった/―中略―
三に林住/人は子に子息をみると 森に入り/樹下にて決然と修行することだという/樹は風もないのにカサカサとなっている/今だ修行に入れない/兼好法師はいう 死は前より来たらず「かねてうしろに迫れり」と
四に遊行/樹下に宿って四半世紀を森で過ごしたものは独り村々を遊行することをいう/東京の暗闇にいる/袋川を歩いていた身が いつの間にか板橋の新河岸川沿いを歩いている/林住期なれど歩みがおぼつかなくなってきている/遊行はほど遠い/「俺が死んでも二月にはあの樹の下にいるから」/といった白髪の老詩人の一言が耳から離れないでいる
詩誌・「騒」第88号より(2011年12月)騒の会・町田市本町田

紹介者・江素瑛(詩人回廊
悠々たる大河が人を育てる。川に沁みつく人々の霊気、老樹を育てる。樹は老いていない/時を待てば若葉をつける。生生不息の樹には人々の霊気があり。人は長い学習期と家住期を経て、生きとし生けるものの世界からそろそろ退けなくてはならない時期の林住期(臨終期)に、森に入る。死は「かねてうしろに迫れり」と賢者はいう。死は来るものではない、人の背中を押して行く。森のなか死者の世界に踏みいれ、遊行期に入る。「俺が死んでも二月にはあの樹の下にいるから」
 どこでも浮遊でる死の世界、或いは死ということない浮遊の世界なのかと想いを巡らさせられる。

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