詩の紹介 「野の草」 北一郎
「野の草」 北一郎
何故そこに 根をおろしたか/野の草は わけを知らず 群れている/たとえ人が踏んでも かえりみることなく/その名を思うこともない/音高く野原を風が吹きぬける声が/たとえ 雑草と聞こえても/それは草の名を 問う声ではない/何故そこに 根をおろしたか/野の草は 知らず 群れている/群れのなかの 野の草も/一本一本は 孤独なやつばかり/どんなに 風が鳴っても/それはお前の名を呼んでいるわけではない/人の世において 派遣労働者番号 失業者という声があっても/それが ひとりの人間としての名前ではないように/風のうなる声が たとえ 雑草と聞こえても/それはお前の名を呼んでいるわけではない/
文芸誌「砂」第118号 (2012年1月 東京都江戸川区)
紹介者・江素瑛 (詩人回廊)
根を下ろしたまま、飾りがない偽りのない一生を過ごし、野の草より強いもの、野の草より美しいものはない。そもそも人間に名を付けて貰えない、人の俗の目に価値があると思わない野の草の数が数えられない。名のある植物より遥かに多く存在しているだろう。どんな風に吹かれても、怒鳴られても、大地に下ろした根がますます深く、行くべきところに伸びて行く。それと比べて、価値に付けられた花草、名前の付いている植物が根こそ抜かれ、移植され、町の街樹や家の庭の装飾品になり、枯れ死に到る運命も逃れない。
「人の世において 派遣労働者番号 失業者という声があっても
それが ひとりの人間としての名前ではないように
風のうなる声が たとえ 雑草と聞こえても
それはお前の名を呼んでいるわけではない」
噂、偏見、差別--どんな状況においても、ひとりひとりがこの世には欠かせない「存在の価値」への確信を示している。
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